石川啄木 詩集「あこがれ」(初版準拠版) 炎の宮
炎 の 宮
女(をみな)は熱(ねつ)にをかされて、
終焉(いまは)の床に叫ぶらく、──
『我は炎の宮を見き。
宮は、初めは生命の
綠にもゆる若き火の、
たちまちかはる生火渦(いくはうづ)、
赤龍(せきりゆう)をどる天塔(てんたふ)や。
見ませ今はた漸々(やうやう)に、
ああ我が夫(つま)よ、神々(かうがう)し
御燭(みあかし)に咲く黃の花と
もゆる炎の我が宮を。
やがては融(と)けて白光(びやくくわう)の
雲輪(うんりん)い照る日とならば、
君をつつみて地の上に
天(あめ)の新宮(にひみや)立ちぬべし。』
『見ませ、』と云ふに、『何處(いづこ)に、』と
問(と)へば、『此處(こゝ)よ、』と、眞白(ましろ)なる
腕(かひな)に抱く玉の胸。──
胸は、いまはの息深く、
愛の波、また死(し)の波の
寄せてはかへすときめきを
照らすは月の白き影。
(甲辰十一月十八日)
[やぶちゃん注:初出は明治三七(一九〇四)年十二月号『白百合』。初出の有意な変異を認めない。
「い照る」の「い」は前に「い渡る」で注した意味を強めて語調を整える接頭語。]