石川啄木 詩集「あこがれ」(初版準拠版) 天火盞
天 火 盞
戀は天照(あまて)る日輪(にちりん)の
みづから燒けし蠟淚(ろふるい)や、
こぼれて、地に盲(し)ひし子が
冷(ひえ)にとぢける胸の戶の
夢の隙(すき)より入りしもの。
夢は、夢なる野の小草、
草が天(あめ)さす隙間(すきま)より
おちし一點(ひとつ)の火はもえて、
生野(いくの)、生風(いくかぜ)、生幾熖(いくほむら)、
いのちの野火(のび)はひろごりぬ。
日光(ひかげ)うけては向日葵(ひぐるま)の
花も黃金の火の小笠(をがさ)。
燬(や)かれて我も、胸もゆる
戀のほむらの天火盞(あまほざら)、
君が魂をぞ燒きにける。
(甲辰十一月十八日)
[やぶちゃん注:初出は明治三七(一九〇四)年十二月号『白百合』。初出の有意な変異を認めない。]
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