石川啄木 詩集「あこがれ」(初版準拠版) 壁畫
壁 𤲿
破壞(はゑ)が住みける堂の中、
讃者(さんじや)群れにしいにしへの
さかえの色を猶とめて
壁𤲿(かべゑ)は壁に虫ばみぬ。
おもひでこそは我胸の
かべゑなるらし。熄(き)えぬ火の
炎のかほり傳へつつ、
沈默(しゞま)に曳(ひ)ける戀の影。
古(ふ)りぬと壁𤲿こぼちなば、
たえぬ信(まこと)のいのちしも
何によりてか記(しる)すべき。
虫ばみぬとて思出の
糸をし斷たば、如何にして、
聖(きよ)きをつなぐ天の火の
光に、かたき戀の戶に、
心の城を守るべき。
(甲辰十一月十八日)
[やぶちゃん注:初出は明治三七(一九〇四)年十二月号『白百合』。初出の有意な変異を認めない。
「さかえ」はママ。初出は「榮え」であるから、「さかへ」でなくてはならない。]
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