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2020/05/29

萩原朔太郎 氷島 初版本原拠版 附・初出形 歸鄕

 

   歸 鄕

     昭和四年の冬、妻と離別し二兒を抱へ
     て故鄕に歸る

 

わが故鄕に歸れる日

汽車は烈風の中を突き行けり。

ひとり車窓に目醒むれば

汽笛は闇に吠え叫び

火焰(ほのほ)は平野を明るくせり。

まだ上州の山は見えずや。

夜汽車の仄暗き車燈の影に

母なき子供等は眠り泣き

ひそかに皆わが憂愁を探(さぐ)れるなり。

嗚呼また都を逃れ來て

何所(いづこ)の家鄕に行かむとするぞ。

過去は寂寥の谷に連なり

未來は絕望の岸に向へり。

砂礫(されき)のごとき人生かな!

われ既に勇氣おとろへ

暗憺として長(とこし)なへに生きるに倦みたり。

いかんぞ故鄕に獨り歸り

さびしくまた利根川の岸に立たんや。

汽車は曠野を走り行き

自然の荒寥たる意志の彼岸に

人の憤怒(いきどほり)を烈しくせり。

 

【詩篇小解】 歸鄕 昭和四年。 妻は二兒を殘して家を去り、 沓として行方を知らず。 我れ獨り後に殘り、 滄浪として父の居る上州の故鄕に歸る。上野發七時十分、 小山行高崎廻り。 夜汽車の暗爾たる車燈の影に、 長女は疲れて眠り、 次女は醒めて夢に歔欷す。 聲最も悲しく、 わが心すべて斷腸せり。 既にして家に歸れば、 父の病とみに重く、 萬景悉く肅條たり。

 

[やぶちゃん注:「滄浪」(さうらう(そうろう))は「青々とした波」或いは「老いて髪につやがなくなること」を言い、明らかに「蹌踉」(音は同じ:足どりがふらつくさま。よろめくさま)の誤用である。萩原朔太郎に特徴的な思い込みによる誤用偏執である。

 稻子夫人との関係と顚末は既に「乃木坂倶樂部」の私の注で述べたので繰り返さない。昭和五四(一九七九)年講談社文庫刊の那珂太郎編著「名詩鑑賞 萩原朔太郎」では本篇について、『実生活の荒廃』と題して、本篇について以下の評釈をなさっておられる。傍点「ヽ」は太字に代えた。

   《引用開始》

 この作が、妻との離別という実生活上の経験にもとづくものであることは、明らかです。しかしこの詩及び「詩稿小解」にのべるところは、必ずしもすべては事実に即さないことを、注意しなければなりません。伝記的調査にてらせば、妻との協議離婚届出は昭和四年十月十四日ですが、彼が「一児を抱へて」前橋に帰郷したのは、それより前七月二十七日のことでした。作者の長女萩原葉子さんの回想文『父・萩原朔太郎』の「幼いころの日々」の章に、この間の事情が詳(くわ)しくのべられていますが、それによっても「二児を抱へて」の帰郷が夏だったことが、立証されます。のち彼は単身上京、前記乃木坂倶楽部で独居生活をつづけ、年末おしつまって父の病気のため、再度帰郷するのです。とすれば、この作は「二児を抱へて」の帰郷と、単独での帰郷とを、混同したものとせざるをえませんが、ここで、季節を特に冬としたのは、おそらく作者自身の心の荒廃感、寂寥感をいっそう効果的にうつし出すための、詩的設定だったと考えられます。いかに「実生活の記録」とはいえ、その程度の虚構は詩的リアリティのために必要なのです。

「過去は寂寥の谷に連なり/未来は絶望の岸に向へり」のあたり、この作が事実的背景のもとにうたわれたものであるだけに、いかに観念的暗喩(あんゆ)表現とはいえ、やはり実景との不釣合(ふつりあい)を指摘しなければなりませんが、それにつづく「砂礫(されき)のごとき人生かな」/われ既に勇気おとろへ/暗澹(あんたん)として長(とこし)なへに生きるに倦(う)みたり」にいたっては、この正述心緒(せいじゅつしんしょ)の詩の力は、読者を感動させずにおかないでしょう。この作品の冒頭六行は、いま郷里敷島(しきしま)公園の詩碑に刻まれ、『氷島』の中でも特に広く知られています。

   《引用終了》

私は晩年の朔太郎の絶唱として高く評価する一篇である。私が数少ない文芸上の閉じた時空間の例外として「絶対の孤独」の中にいる主人公を見る。特に「暗澹として長(とこし)なへに生きるに倦みたり」は音読でなくては、心を撲(う)たぬ。「長なへに」で切ってはいけない。「長(とこし)なへに生きるに」とソリッドに詠まねば、ならぬ。彼は絶対の意味に於いて――永久に永遠に――「生きる」ことに「倦」んでいるのである……。

 初出は昭和六(一九三一)年三月発行の『詩・現實』第四冊。

   *

 

   歸 鄕

 

わが故鄕に歸れる日

汽車は烈風の中を突き行けり。

ひとり車窓に目醒むれば

汽笛は闇に吠え叫び

火焰(ほのほ)は平野を明るくせり。

まだ上州の山は見えずや。

車室のほの暗き燈火の影に

母なき子供等は眠り泣き

ひそかに皆わが憂愁をさぐれるなり。

ああまた都を逃れ來て

何所の家鄕に行かんとするぞ。

過去は寂寥の谷に連なり

未來は絕望の岸(きし)に向へり。

砂礫(されき)のごとき人生かな!

われ既に勇氣おとろへ

暗憺として長(とこし)なへに生きるに倦みたり。

いかんぞ故鄕にひとり歸り

さびしくまた利根川の岸に立たんや。

汽車は曠野を走り行き

自然の荒寥たる意志の向ふに

人の憤(いきどほ)りを激(はげ)しくせり。

   *

「向ふ」はママ。]

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