萩原朔太郎 氷島 初版本原拠版 附・初出形 火
火
赤く燃える火を見たり
獸類(けもの)の如く
汝は沈默して言はざるかな。
夕べの靜かなる都會の空に
炎は美しく燃え出づる
たちまち流れはひろがり行き
瞬時に一切を亡ぼし盡せり。
資產も、工場も、大建築も
希望も、榮譽も、冨貴も、野心も
すべての一切を燒き盡せり。
火よ
いかなれば獸類(けもの)の如く
汝は沈默して言はざるかな。
さびしき憂愁に閉されつつ
かくも靜かなる薄暮の空に
汝は熱情を思ひ盡せり。
【詩篇小解】 火 我が心の求めるものは、 常に靜かなる情緖なり。 かくも優しく、 美しく、 靜かに、 靜かに、 燃えあがり、 音樂の如く流れひろがり、 意志の烈しき惱みを知るもの。 火よ! 汝の優しき音樂もて、 我れの夕べの臥床の中に、 眠りの戀歌を唄へよかし。 我れの求めるものは情緖なり。
[やぶちゃん注:初出は昭和五(一九三〇)年二月号『ニヒル』(創刊号)。
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火
赤く燃える火を見たり
獸の如く
汝は沈默して言はざるかな。
夕べの靜かなる都會の空に
炎は美しく燃え出づる
たちまち流れはひろがり行き
瞬時に一切を亡ぼし盡せり。
資產も、工場も、大建築も
榮譽も、富貴も、野心も、希望も、
すべての一切を燒き盡せり。
火よ
いかなれば獸の如く
汝は沈默して言はざるかな。
さびしき憂愁に閉されつつ
かくも靜かなる薄暮の空に
汝は熱情を思ひ盡せり。
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