北原白秋 抒情小曲集 おもひで (初版原拠版) 監獄のあと
監獄のあと
廢(すた)れたる監獄(かんごく)に
鷄頭さけり、
夕日の照ればかなしげに
頸(くび)を顫はす。
そのなかにきのふまで
白痴(はくち)の乞食(こじき)、
髮くさき女の甘き恐怖(おそれ)もて
虱(しらみ)とりつる。
ある日、血は鷄頭の
半開(はんかい)の花にちり、
毛の黃なる病犬(やまいぬ)の
ひとり光りぬ。
そののちはなにも見ず、
かの犬も殺されて
しどけなき長雨の
ふりつづく月はきぬ。
廢れたる監獄に
鷄頭さけり、
夕日のてればかなしげに
頸(くび)を顫はす。
[やぶちゃん注:「監獄のあと」不詳。まさか翌年、自分が監獄入るとは思ってもいなかったろう。]