北原白秋 抒情小曲集 おもひで (初版原拠版) 金の入日に繻子の黑
骨 牌 の 女 王 童謠
[やぶちゃん注:以上はパート標題扉。「序詩」に徴すれば、「かるたのクイン」と読む。]
金の入日に繻子の黑
金(きん)の入日に繻子(しゆす)の黑――
黑い喪服(もふく)を身につけて、
いとつつましうひとはゆく。
海のあなたの故鄕(ふるさと)は今日(けふ)も入日のさみしかろ。
夏のゆく日の東京に
茴香艸(ういきやうさう)の花つけて淡い粉(こな)ふるこのごろを、
ほんに品(しな)よきかの國のわかい王(キング)もさみしかろ。
心ままなる歌(うた)ひ女(め)のエロル夫人もさみしかろ。
金(きん)の入日に繻子の黑、──
黑い喪服(もふく)を身につけて
いとつつましうひとはゆく。
九月の薄き弱肩(よわがた)にけふも入日のてりかへし、
粉(こな)はこぼれてその胸にすこし黃色くにじみつれ。
金の入日に嬬子の黑、
かかるゆふべに立つは誰ぞ。
[やぶちゃん注:「繻子」精錬した絹糸を使った繻子織(しゅすおり)の織物。経糸(たていと)・緯糸(よこいと)それぞれ五本以上から構成され、経・緯どちらかの糸の浮きが非常に少なく、経糸又は緯糸のみが表に表れているように見える織り方で、密度が高く、地は厚いが、柔軟性に長け、光沢が強い。但し、摩擦や引っ掻きには弱い。
「茴香艸」セリ目セリ科ウイキョウ属ウイキョウ Foeniculum vulgare の花の花期は七~八月で、枝分かれした草体全体が鮮やかな黄緑色のその茎頂に、黄色の小花を多数つけて傘状に広がる。
「エロル夫人」イギリス生まれのアメリカの小説家・劇作家のバーネット夫人フランシス・ホジスン・バーネット(Frances Eliza Hodgson Burnett 一八四九年~一九二四年)の一八八六年に書いた児童向けの小説「小公子」(Little Lord Fauntleroy:小さな着飾った品のよい少年貴族)の主人公セドリック・エロルは母(名は示されない)のことであろう。同書は明治二三(一八九〇)年に初めて日本語に訳した若松賤子が「小公子」の訳題を附し、現在までそれが通名となっている。
「誰ぞ」は「たぞ」。]
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