北原白秋 抒情小曲集 おもひで (初版原拠版) 人形つくり
人形つくり
長崎の、長崎の
人形つくりはおもしろや、
色硝子…………靑い光線(ひすぢ)の射(さ)すなかで
白い埴(ねばつち)こねまはし、糊(のり)で溶かして、砥(と)の粉(こ)を交ぜて、
ついととろりと轆轤(ろくろ)にかけて、
伏せてかへせば頭(あたま)が出來る。
その頭(あたま)は空虛(うつろ)の頭、
白いお面(めん)がころころと、ころころと…………
ころころと轉(ころ)ぶお面(めん)を
わかい男が待ち受けて、
靑髯の、銀のナイフが待ち受けて、
眶(まぶた)、眶、薄う瞑(つぶ)つた眶を突いて、きゆつと抉(えぐ)ぐつて兩眼(りやうがん)あける。
晝の日ながにいそがしく、
いそがしく。
長崎の、長崎の
人形つくりはおそろしや。
色硝子…………黃色い光線(ひすじ)の射すなかで
肥滿女(ふとつちよ)の回々敎徒(フイフイきやうと)の紅頭巾(あかづきん)、啞か、聾(つんぼ)か、にべもなく
そこらここらと撰んで分けて撮(つか)む眼玉は何々ぞ。
靑と黑、金と鳶色、魚眼(うをめ)の硝子が百ばかり。
その眼玉も空虛(うつろ)の眼玉、
ちよいとつまんで眶へ當てて
面(おもて)よく見て、後(うしろ)をつけて、合はぬ眼玉はちよと彈(はぢ)き、
ちよと彈(はぢ)き
嵌(は)めた、嵌めたよ、兩眼(りやうがん)嵌(は)めた…………
露西亞(ロシヤ)の女郞衆が、女郞が義眼(いれめ)をはめるよに、
凄(すご)やをかしや、白粉刷毛(おしろいはけ)でさつと洗つてにたにたと。
外(そと)ぢや五月の燕(つばくらめ)ついついひらりと飛び翔る。
長崎の、長崎の
人形つくりはおもしろや。
色硝子…………紅(あか)い血のよな日のかげで
白髮あたまの魔法爺(まはふおやぢ)が眞面目顏(まじめがほ)、じつと睨んで、手足を寄せて、
胴に針金(はりがね)、お面(めん)に鬘(かつら)、寄せて集めて兒が出來る。
兒が出來る。
酷(むご)や、可哀(かはい)や、二百の人形、
泣くにや泣かれず、裸の人形、
赤う膨(ふく)れた小股(こまた)を出して、頭みだして、踵を見せて、
鮭の卵か、兒豚の腹か、水子、蛭子(ひるこ)、を見るがよに、見るがよに、
床(ゆか)に積れて、瞳をあけて、赤い夕日にくわと噎ぶ。
くわと噎(むせ)ぶ。
人形、人形、口なし人形、
みんな寒かろ、母御も無けりや、賭博(ばくち)うつよな父者(ててじや)もないか、
白痴(ばか)か、狂氣か、不具(かたは)か、啞か、墮胎藥(おろしぐすり)を喫(の)まされた
女郞の兒どもか、胎毒か…………
しんと默(だま)つてしんと默つて顫えてゐやる。
傍(そば)ぢや、ちんから目さまし時計、
ほんに、ちんから、目さまし時計
春の小歌をうたひ出す、
佛蘭西の銀のマーチを歌ひ出す。
長崎の、長崎の
人形つくりはいぢらしや、
いぢらしや。
[やぶちゃん注:「つい」「とろり」「きゆつ」の太字は底本では傍点「ヽ」。「噎ぶ」の前に出る方にルビがないのはママ。さても、ここで言うのは長崎の土で出来た南蛮人形である。取り敢えず、グーグル画像検索「長崎 土 人形」のそれらでイメージは可能である。この一篇、私の青年期より今に至るまで偏愛するものである。
「ついと」副詞で「素早く」。
「回々敎徒(フイフイきやうと)」イスラム教徒。「回」は中国語で「huí」(フゥェイ)。
「露西亞(ロシヤ)の女郞衆が、女郞が義眼(いれめ)をはめるよに、」という換喩は誰にも真似出来ない艶にして生理的に慄然とさせる凄絶なまっこと憎いものである。
「踵」前に徴すれば「かかと」。
「胎毒」(たいどく)は乳幼児の頭や顔に発症する皮膚疾患の俗称。母体内で受けた毒が原因と思われてかく呼称された。現代では脂漏性湿疹・急性湿疹・膿痂疹(のうかしん)性湿疹(細菌感染による膿疱(のうほう)と痂皮(かひ:瘡蓋(かさぶた))を主症状とする皮膚疾患の総称)などを指す。
「佛蘭西の銀のマーチ」ハイカラな豪華な毅然たる西欧異国的雰囲気を語彙連結によって生じさせたものと思われる。]
« 北原白秋 抒情小曲集 おもひで (初版原拠版) 秋の日 | トップページ | 北原白秋 抒情小曲集 おもひで (初版原拠版) くろんぼ »