北原白秋 抒情小曲集 おもひで (初版原拠版) 水面
水面
ゆふべとなればちりかかる
柳の花粉(こな)のうすあかり、
そのかげに透く水面(みのも)こそ
けふも *Ongo の眼つきすれ。
またなく病(や)めるおももちの
君がこころにあまゆれば、
渦のひとつは色變(か)えて
生膽取(いきぎもとり)の眼を見せつ。
恐れてまたも凝視(みつ)むれば
銀の *Benjo のいろとなり、
ハーモニカとなり、櫂となり、
またもかの兒の眼(め)となりぬ。
柳の花のちりかかる
樋(ゐび)のほとりのやんま釣り、
ひとりつかれて水面(みづのも)に
薄くあまゆるわがこころ。
Ongo. 良家の娘、小さき令孃。柳河語。
Benjo. 肌薄く、紅く靑き銀光を放つ魚、小さし。同上。
[やぶちゃん注:「Ongo」の序の「2」の「Gonshan(良家の娘、方言)」の注を参照。
「Benjo」条鰭綱骨鰾上目コイ目コイ科タナゴ亜科タナゴ属 Acheilognathus の淡水産タナゴ類及び近縁種及び、別種であるがそれに似た形状の魚の総称としておくべきであろう。狭義にはタナゴ Acheilognathus melanogaster の和名であるが、以下の引用を見ても、到底、一種に限ることは出来ない。「ANA釣り倶楽部」の「九州の釣り情報」のズバり、「福岡県・柳川」のページに、『タナゴは日本に』十八『種いるコイ科の小魚で、その多くは春に産卵期を迎える。柳川ではタナゴ類を総称して「ベンジョコ」と呼ぶ。「便所?」と驚く人もいるかもしれないが、実際は「紅(=ベニ)、雑魚(=ジャコ)」が訛ったものと思われ、産卵期になると』、『鮮やかに色づくタナゴのオスの特徴から来ているらしい』。『春から初夏は水路の各所でベンジョコが見られる。柳川にはアブラボテとヤリタナゴが最も多く、カネヒラも比較的出会える機会は多い。また九州にのみ生息するカゼトゲタナゴやセボシタビラも柳川で釣ることはできる。これらはすべてタナゴの仲間だ。また、フナやライギョ、当地でミズクリセイベイと呼ばれるオヤニラミ、さらにドンコ、ヌマムツ、カワムツ、オイカワ、イトモロコ、モツゴなどもいる。フナは「釣りはフナに始まり、フナに終わる」という言葉があるほど、日本人にはもともと馴染みの深い魚だが、最近は全国の川でコンクリートの護岸整備などが進み、フナが当たり前のように釣れる川がむしろ少なくなった。そうした中で、日本の原風景のような水辺が残る柳川では今もしっかりとフナが泳いでいる。人の営みが間近な水辺に、これだけの淡水魚が泳ぐ環境は全国的にも貴重なものだ』とある。この内、「アブラボテ」はそれこそ私が序の「1」で白秋が言う「シユブタ(方言鮠(ハエ)の一種)」に同定した魚である。但し、「小さし」(コサシ)という異名には巡り逢えなかった。]
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