北原白秋 抒情小曲集 おもひで (初版原拠版) 水門の水は
水門の水は
水門(すゐもん)の水は
兒をとろとろと渦をまく。
酒屋男は
半切(はんぎり)鳴らそと擢を取る。
さても、けふ日のわがこころ
りんきせうとてひとり寢る。
[やぶちゃん注:これ。短篇乍ら、一読忘れ難い。「兒をとろとろと渦をまく」は「兒」の命を(或いは生肝を)「取ろ」う「捕ろ」うとと、水渦の「とろとろ」のオノマトペイアの掛詞が効いて、「酒屋男」が「半切(はんぎり)鳴らそ」う「と擢を取」った櫂で打つその「コン! カン!」という音が鋭く聴こえ、少年のトンカ・ジョンは「悋気したろう!」という不条理の理由から「ひとり寢る」というコーダが、一つの弛みもなく、モンタージュされているからである。
「擢」はママ。「かい」で「櫂」が正しい。酒の仕込みでかき混ぜるのに用いるもの。
「半切(はんぎり)」「半切桶」(はんぎりおけ)の略。多種多様の用途持った平たい桶(一般の桶を半分に切った浅さの意)を指す。これも酒造の用具。
「りんき」「悋氣」男女間のことなどで焼きもちをやくこと。嫉妬。]
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