北原白秋 抒情小曲集 おもひで (初版原拠版) 斷章 四十九
四 十 九
あはれ、人妻、
ふたつなきフランチエスカの物語
かたらふひまもみどり兒は聲を立てつつ、
かたはらを匍ひもてありく、
君はまた、たださりげなし。
あはれ、人妻。
[やぶちゃん注:「フランチエスカの物語」イタリアの巨匠ダンテ・アリギエーリ(Dante Alighieri 一二六五年~一三二一年)の叙事詩「神曲」(La Divina Commedia:一三二一年)に登場させたことでとみに知られる、ダンテ・アリギエーリの同時代人であったラヴェンナ領主グイド・ダ・ポレンタの娘フランチェスカ・ダ・リミニ(Francesca da Rimini 一二五五年~一二八五年)。ウィキの「フランチェスカ・ダ・リミニ」によれば、『グイド・ダ・ポレンタは、マラテスタ家との争いを終わらせるため、娘フランチェスカをリミニ領主ジョヴァンニ・マラテスタ(ジャンチョットとも)へ嫁がせることとした。ジョヴァンニは勇猛だが、足が不自由で容姿は醜かった。グイドは、フランチェスカがジョヴァンニを嫌ったことを知り、ジョヴァンニのハンサムな弟パオロ・マラテスタを代理人として結婚式を執り行った』。『フランチェスカとパオロは恋に落ち、フランチェスカは結婚式翌日の朝まで、自分が騙されたことに気づかなかった』。『ある時、フランチェスカとパオロは』、二『人でランスロットとグイネヴィア王妃の物語を読んでいるうちに互いに惹かれ合い、不意にパオロはフランチェスカを抱き寄せた。その直後』、二『人の密会を物陰から盗み見ていたジョヴァンニにより』、二『人は殺され』てしまった。因みに、白秋は本詩集刊行の前年である明治四三(一九一〇)年九月、青山原宿に転居したが、そこで隣人であった新聞記者松下俊子と恋に落ちていた(俊子は松下某の夫人で夫とは別居中の人妻であった)。本書刊行の翌年、明治四五(一九一二)年七月(この月末の七月三十日に大正に改元)、俊子が白秋のもとに走ったため、二人は夫から姦通罪によって告訴され、白秋は二週間市ヶ谷未決監に拘置された。二週間後の八月中に弟らの尽力により釈放され、示談も成立して告訴が取り下げられ、無罪放免となったが、既に人気詩人となっていた白秋は「文芸の汚辱者」として一気に地に堕ちることとなるのである(後、大正二年四月には夫と離別した俊子と結婚するが、うまく行かず、翌大正三年七月に離婚している)。]
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