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2020/06/29

北原白秋 抒情小曲集 おもひで (初版原拠版) 六騎

 

六騎

 

*御正忌(しやうき)參詣(めえ)らんかん、

情人(ヤネ)が髮結ふて待(ま)つとるばん。

 

御正忌參詣(めえ)らんかん、

寺の夜(よ)あけの細道(ほそみち)に。

 

鐘が鳴る。鐘が鳴る。

逢うて泣けとの鐘が鳴る。

  親鶯上人の御正忌なり。

 

[やぶちゃん注:注記号は底本では「御」の字の右側上方に打たれてある。なお、「しやうき」のルビは「正忌」の二文字のみに振られてある(原本を見られたい)。思うに、白秋は「御正忌」に「ごしやうき」と振りたかったのだが、「*」を組んだ関係上、物理的(植字上)に「ご」が振れなくなったものと私は思う。則ち、ここは「ごしやうき」(ごしょうき)と読まなければならない。浄土真宗の信徒(この場合の作中の「御正忌參詣らんかん」と言った六騎の民)にとって「ご」を外して呼ぶことは、有り得ないからである。

「六騎」は「ろくきゆ(ろっきゅ)」で白秋が自序「わが生ひたち」の「3」の冒頭で説明しているが、柳川の東の沖端地区の漁師達の総称(綽名)である。少し長いが、本篇の字背に潜む民心の見事な解読ともなっているので煩を厭わず引いておく。

   *

 柳河を南に約半里ほど隔てて六騎(ロツキユ)の街(まち)沖(おき)ノ端(はた)がある。(六騎(ロツキユ)とはこの街に住む漁夫の諢名[やぶちゃん注:「あだな」。]であつて、昔平家沒落の砌に打ち洩らされの六騎がここへ落ちて來て初めて漁り[やぶちゃん注:「すなどり」。]に從事したといふ、而してその子孫が世々その業を繼襲し、繁殖して今日の部落を爲すに至つたのである。)畢境は柳河の一部と見做すべきも、海に近いだけ凡ての習俗もより多く南國的な、怠惰けた[やぶちゃん注:「なまけた」或いは「だらけた」か。]規律(しまり)のない何となく投げやりなところがある。さうしてかの柳河のただ外面(うはべ)に取すまして廢れた面紗(おもぎぬ)のかげに淫(みだ)らな秘密を匿(かく)してゐるのに比ぶれば、凡てが露(あらは)で、元氣で、また華(はな)やかである。かの巡禮の行樂、虎列拉避(コレラよ)けの花火、さては古めかしい水祭の行事などおほかたこの街特殊のものであつて、張のつよい言葉つきも淫らに、ことにこの街のわかい六騎(ロクキユ)は溫ければ漁(すなど)り、風の吹く日は遊び、雨には寢(い)ね、空腹(ひもじ)くなれば食(くら)ひ、酒をのみては月琴を彈き、夜はただ女を抱くといふ風である。かうして宗敎を遊樂に結びつけ、遊樂のなかに微かに一味の哀感を繼いでゐる。觀世音は永久(とこしへ)にうらわかい町の處女に依て齋(いつ)がれ(各の町に一體づつの觀世音を祭る、物日にはそれぞれある店の一部を借りて開帳し、これに侍づくわかい娘たちは參詣の人にくろ豆を配(くば)り、或は小屋をかけていろいろの催(もよふし[やぶちゃん注:ママ。])をする。さうしてこの中の資格は處女に限られ、緣づいたものは籍を除かれ、新しい妙齡(としごろ)のものが代つて入(はい)る。)天火(てんび)のふる祭の晚の神前に幾つとなくかかぐる牡丹に唐獅子(からしし)の大提灯は、またわかい六騎(ロクキユ)の逞ましい日に燒けた腕(かひな)に献げられ、霜月親鸞上人の御正忌となれば七日七夜の法要は寺々の鐘鳴りわたり、朝の御講に詣(まう)づるとては、わかい男女(をとこをんな)夜明まへの街の溝石をからころと踏み鳴らしながら、御正忌參(めえ)らんかん……の淫らな小歌に浮かれて媾曳(あひゞき)の樂しさを佛のまへに祈るのである。

   *

「御正忌」(ごしょうき(現代仮名遣))親鸞の忌日を指す。親鸞は弘長二年十一月二十八日(ユリウス暦一二六三年一月九日/グレゴリオ暦換算同年一月十六日/享年九十(満八十九歳))に入滅した。浄土真宗は一向宗として越前・越中・越後に信者が多いことは知られるが、親鸞の師である法然の浄土宗は、現行でも最有力派閥である鎮西派が北九州ですこぶる強く、親鸞自身は浄土宗の真の教えを伝えるという意味で自身で宗派を名乗ったわけではなかったことや、キリスト教禁教の影響もあって、浄土真宗の信者も実は多い。因みに、薩摩藩は浄土教を禁教としたため、隠れて信仰を守り、現在でも鹿児島は実はダントツに浄土系信者が多い。

「情人(ヤネ)」小学館「日本国語大辞典」に「やね」で「情人」を当て、『九州地方で愛人をいう』とする。しかし、その後にはまさに本篇のそれが引用されているだけで、結局、語源を探し得ない。]

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