北原白秋 抒情小曲集 おもひで (初版原拠版) 梨
梨
ひと日なり、夏の朝凉(あさすず)、
濁酒(にごりざけ)賣る家(や)の爺(をぢ)と
その爺(をぢ)の車に乘りて、
市場へと。──途(みち)にねむりぬ。
山の街(まち)、――珍(めづ)ら物見の
子(こ)ごころも夢にわすれぬ。
さなり、また、玉名(たまな)少女が
ゆきずりの笑(ゑみ)も知らじな。
その歸さ、木々のみどりに
眼醒むれば、鶯啼けり。
山路なり、ふと掌(て)に見しは
梨なりき淸(すず)しかりし日。
[やぶちゃん注:「玉名」現在の熊本県玉名市(グーグル・マップ・データ)。柳川の北西約十五キロメートルで、熊本市に南東で接する。]
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