北原白秋 抒情小曲集 おもひで (初版原拠版) 酒の精
酒の精
『酒倉に入るなかれ、奧ふかく入るなかれ、弟よ、
そこには恐ろしき酒の精のひそめば。』
『兄上よ、そは小さき魔物(まもの)ならめ、かの赤き三角帽の
西洋のお伽譚(とぎばなし)によく聞ける、おもしろき…………。』
『そは知らじ、然れどもかのわかき下婢(アイヤン)にすら
母上は妄(みだ)りにゆくを許したまはず』
『そは訝(いぶ)しきかな、兄上、かの倉の内には
力强き男らのあまたゐれば恐ろしき筈なし』
『げにさなり、然れども弟よ、母上は
かのわかき下婢(アイヤン)にすらされどなほゆるしたまはず。』
酒倉に入るなかれ、奧ふかく入るなかれ、弟よ。』
[やぶちゃん注:「下婢(アイヤン)」方言と思われるが、語源未詳。]
« 北原白秋 抒情小曲集 おもひで (初版原拠版) 酒の黴 | トップページ | 北原白秋 抒情小曲集 おもひで (初版原拠版) 紺屋のおろく »