北原白秋 抒情小曲集 おもひで (初版原拠版) 朱欒のかげ
朱欒のかげ
弟よ、
かかる日は喧嘩(いさかひ)もしき。
紫蘇(しそ)の葉のむらさきを、韮(にら)をまた踏みにじりつつ、
われ打ちぬ、汝(なれ)打ちぬ、血のいづるまで、
柔(やはら)かなる幼年の體(からだ)の
こころよく、こそばゆく手に痛(いた)きまで。
豚小屋のうへにザボンの實黃にかがやきて、
腐れたるものの香に日のとろむとき、
われはまた汝(な)が首を擁(だ)きしめ、擁きしめ、
かぎりなき夕ぐれの味覺に耽る。
ふくれたるその頰をばつねるとき、
わが指はふたつなき諧樂(シムフオニ)を生み、
いと赤き血を見れば、泣聲のあふれ狂へば、
わがこころはなつかしくやるせなく戯(たは)れかなしむ。
思ひいづるそのかみの TYRANT.
狂ほしきその愉樂(ゆらく)…………
今もまた匂高き外光の中
あかあかと二人して落すザボンよ。
その庭のそのゆめの、かなしみのゆかしければぞ、
弟よ、
かかる日は喧嘩(いさかひ)もしき。
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