北原白秋 抒情小曲集 おもひで (初版原拠版) どんぐり
どんぐり
どんぐりの實(み)の夜(よ)もすがら
落ちて音するしをらしさ、
君が乳房に耳あてて
一夜(ひとよ)ねむればかの池に。
どんぐりの實はかずしれず
水の面(おもて)に唇(くち)つけぬ
お銀小銀のはなしより
どんぐりの實はわがゆめに。
どんぐりの實のおのづから
熟(う)れてなげくや、めづらしく、
祭物見(まつりものみ)の前の夜(よ)を
二人ねむれば、その胸に。
どんぐりの實のなつかしく
落ちてなげけば、薄(うす)あかり、
かをる寢息(ねいき)のひまびまや、
どんぐりの實は池水に。
[やぶちゃん注:「しをらしさ」はママ。正しい歴史的仮名遣は「しほらしさ」。なお、本篇を読んだ殆んどの読者は知られた童謡の「どんぐりころころ」の楽曲や歌詞を重層させるであろうが、本篇が書かれた当時、「どんぐりころころ」は未だ存在していない。「どんぐりころころ」(作詞・青木存義(ありよし 明治一二(一八七九)年~昭和一〇(一九三五)年:宮城出身)/作曲・梁田貞(やなだただし 明治一八(一八八五)年~昭和三四(一九五九)年:札幌出身)の出版は本詩集刊行から十年後の大正一〇(一九二一)年或いは翌年なのである。
「お銀小銀のはなし」本邦の「継子いじめ」譚の知られた一つの型で、妹が継子である姉を継母の迫害より守るというもの。三浦佑之氏の「継子譚と家族」によれば、所謂、知られた西洋の「シンデレラ型」では、『実母が死んだあとに二人の娘をつれた継母が入ってきて、三人がかりで』前母の主人公である娘『をいじめるという語り口である。そこでは、両方の子供たちの間に血縁関係はなく、しかも連れ子たちの方が年上と設定されているから、連れ子は母を亡くしたか弱い少女をいじめる憎ったらしいかたき役に専念できるのである』。『ところが日本の昔話をみると、多くの場合、母に死なれた娘の家に後添いがやってきて、その女と父との間に子供が生まれるというふうに語られる。そうなると、継子と実子との関係は腹違いの姉妹ということになり、しかも継子は必然的に姉の立場に立つことになる。そこでは、わが子かわいさに継子をいじめる継母という設定は可能だが、か弱い少女を実子もいっしょになっていじめるという語り口が不安定になってしまい、実子と継子との対立は曖昧にならざるをえない。たとえば、「お銀小銀」という話型では、継母が継子のお銀を殺そうとしてさまざまな悪巧みを考えると、そのたびに腹違いの妹小銀が察知して姉の危機を救い、最後は父と姉妹で幸せになるというふうに語られていて、主人公はやさしさと知恵をもった妹の小銀のほうだと思わせるような継子いじめ譚もでてくることになる』とある。]
« 三州奇談續編卷之五 麥生の懷古 | トップページ | 北原白秋 抒情小曲集 おもひで (初版原拠版) 赤い木太刀 »