萩原朔太郎 氷島 初版本原拠版 附・初出形 無用の書物
無用の書物
蒼白の人
路上に書物を賣れるを見たり。
肋骨(あばら)みな瘠せ
軍鷄(しやも)の如くに叫べるを聽く。
われはもと無用の人
これはもと無用の書物
一錢にて人に賣るべし。
冬近き日に袷をきて
非有の窮乏は酢えはてたり。
いかなれば淚を流して
かくも黃色く古びたる紙頁(ぺえぢ)の上に
わが情熱するものを情熱しつつ
寂しき人生を語り續けん。
われの認識は空無にして
われの所有は無價値に盡きたり。
買ふものはこれを買ふべし。
路上に行人は散らばり去り
烈風は砂を卷けども
わが古き感情は叫びて止まず。
見よ! これは無用の書物
一錢にて人に賣るべし。
[やぶちゃん注:「紙頁(ぺえぢ)」は二字へのルビ。「袷」(あはせ(あわせ))は裏地の附いた和服。ここは単衣(ひとえ)よりはマシなものであるが、「綿入れ」に対する語としての寒々とした効果を狙っている。
初出は昭和五(一九三〇)年一月号『文藝春秋』。私は既に独立して七年前に電子化している。
なお、筑摩版「萩原朔太郞全集」第二巻の『草稿詩篇「氷島」』には、本篇の草稿として『無用の書物』『(本篇原稿二種四枚)』として以下の一篇のみが載る。表記は総てママである。
*
無用の書物
蒼白の人
街路上に書物を賣れるを見たり。
肋骨(あばら)皆瘠せみな瘠せ
軍鷄の如くに叫べるを聽く。
われはもと無用の人
これはもと無用の書物
一錢にて人に賣るべし。
冬近き日に袷をきて
われの窮乏は酢えはてたり。
いかなれば淚を流して
かくも黃色く古びたる紙頁(ページ)の上に
わが情熱するものを情熱しつつ
悲しき人生を語りつづけん。
古き友情さへも我れを知らず
路上に行人は散り去り行けり。
ああ我れはもと無用の人
無用の書物を市に賣るべし。
*]
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