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2020/06/18

三州奇談續編卷之五 今濱の陰石


    今濱の陰石

 此妙法輪寺の旦越(だんをつ)なる、今濱の酒肆(しゆし)見推なる人の元に宿る。爰に陰隲(いんしつ)の奇話を聞く。

[やぶちゃん注:「妙法輪寺」「麥生の懷古」に既出既注。

「旦越」檀越。「だんをち」と読んでもよい。寺や僧に布施をする信者。檀那。檀家。梵語の「ダナ・パティ」(「施主」の意)の漢訳。

「今濱」「麥生の懷古」に既出既注。

「酒肆」酒屋。

「見推」不詳。しかし、如何にも俳号っぽく、麦水の知人と思われる。

「陰隲」天が人の行為を見て善悪を定めて禍福を下すこと。「書経」(尚書)の「洪範」に見える語で、元は天が無言のうちに民を安定させること。転じて「陰徳」の意にも用いられる。]

 

 主(あるじ)夜話に曰く、

「我家に二十年許(ばかり)先きに、色々快(こころよ)からざること多かりし程に、心憂く覺(おぼえ)しことありしに、其頃怪しき隱士[やぶちゃん注:隠者風体の者。]來りて此近邊に住めり。山伏に似て修驗者にもあらず。佛に依らず儒にあらず。先(まづ)道士とか稱すべき風なり。折節我家にも來り、異國の物語りなどして興ぜしが、或時我に問ひて申しけるは、

『此家は土中にたゝる物あり、何か思ひ當り給ふことなきか』

と云ふ。予曰く、

『此頃は少し心にかゝることもあり。いかにや』

と云ふに、隱士うなづきて、

『左(さ)候べし。是[やぶちゃん注:とあるある物。]を乾ける砂中に置く、此故に祟ることあらん。探し見給へ』

と云ふ。依りて普(あまね)く探しけるに、替れる物何もなし。其後二ヶ月ばかり經て、穴藏を掘ることありしが、土中一丈許も下に至りて一の石を得たり。人工にして人工ならず。天工にして壺の形をなし、削れるが如き石なり。

 是を彼の隱士山伏に示す。隱士の曰く、

『是なり。是は上古の神主なり。則(すなはち)陰隲の一にして、「陰石」と云ひ、水氣を守りて、水源に是を水に浸して置きなば、家運長久、萬事穩かなるべし』

と云ふ。

 依りて夫より向ひの[やぶちゃん注:「に」とあるべきところ。]切石の水舟(みづぶね)を拵へ、此中に置く。是より後は心懸りの事ども悉く去りて、いつしか不快の思ひ止み、近くは益(ますます)家業を增し盛になるを覺ふ[やぶちゃん注:ママ。]。

『試みに見給へ』

とて、泉水より取出して示さるゝに、其形七八寸許にして、靑き斑紋ひしとあり。蓋(ふた)の只(ただ)明(あ)く許にして、天工自然なり。打廻し見れば、手なき人の如くに見ゆる所もあり[やぶちゃん注:両腕がない人の形のように見える感じもある。]。是も水神ならんを知る。」

 其山伏躰(てい)の人を尋ぬるに、

「其士は此地を立去りて、十七八年を經たり」

と云ふ。又所以を問ふべき道なし。

 今日(こんにち)を以て見れば靈驗甚だし。陰隲を祭ると云ふこと、何に出でたることにや。因(ちなみ)もありげに聞こゆ。

 又「蛇床(へびどこ)」と覺えて、米俵の上ヘ蛇咥(くは)へ來りて、枕して臥居(ふしゐ)たる石二つを示さる。

「是は目(ま)のあたりに藏の中に折々あり」

となり。蛇必ず此石を咥へ來りて枕して睡る。人の追ふ時か、或は俵の崩れたる時の如きには、驚きてや落し去ることあり。白石にして鳥帽子の如く、筋(すぢ)色々あり。書くが如く銀光入り交りたる小石なり。世に能く見る石ながら、目(ま)の邊(あた)り蛇(へび)床(とこ)とするを見る故、爰に記しぬ。

 思ふに此邊(このあたり)は石少(すくな)し。蛇も又石を愛するか。

 秦(しん)の國に蟹なし、故に蟹の甲を門に懸くれば妖邪入らずと聞えたり。

 鬼魅又是を知らずして尊むにや。

 然らば多きは靈薄く、稀なるは靈多し。藥物を遠きに得る、其理(ことわり)も又あるか考ふべし。

[やぶちゃん注:「秦(しん)の國に蟹なし、故に蟹の甲を門に懸くれば妖邪入らずと聞えたり」出典未詳。それらしいものが載りそうな漢籍を検索してみたが、ない。識者の御教授を乞う。これは戦国時代の秦としか思えないが、当時の秦は完全な内陸で、そもそもが世界的にも完全な淡水産カニ類は極めて少ない。因みに、同様の風習は本邦にも多く、鬼面蟹・平家蟹・武文(たけぶん)蟹・島村蟹などと呼ばれる、おどおどろしい顔に見える甲羅を持つヘイケガニ(節足動物門甲殻亜門軟甲綱十脚目短尾下目ヘイケガニ科ヘイケガニ属ヘイケガニ Heikeopsis japonica)及びその仲間(詳しくは私の『毛利梅園「梅園介譜」 鬼蟹(ヘイケガニ)』を参照)は古くから戸口の魔除けとされ、静岡県では巨大なタカアシガニ(短尾下目クモガニ科タカアシガニ属タカアシガニ Macrocheria kaempferi)の甲羅に恐ろしい顔を彩色して描き、魔除け(或いは子供用の魔除け)として飾る習慣がある。また、長野県小県(ちいさがた)郡などには「蟹の年取」という正月行事があり、サワガニ(短尾下目 Brachyura 上科サワガニ上科サワガニ科 Potamidae 属サワガニ属サワガニ Geothelphusa dehaani)を串に刺して戸口に挟んだり、「蟹」の字や絵を張って流行病除(はやりやまいよ)けなどにする。]

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