北原白秋 抒情小曲集 おもひで (初版原拠版) 泣きにしは
泣きにしは
美はしき、そは兎(と)まれ、人妻よ。
ほのかにも唇(くち)ふれて泣きにしは、
君ならじ、我ならじ、その一夜(ひとよ)。
靑みゆく蠟(らう)の火と月光(つきかげ)と、
瞬間(たまゆら)にほのぼのとくちつけて
消えにしを、落ちにしを、その一夜。
さるになど光ある御空より
君はまた香(か)を求め泣き給ふ。
あな、あはれ、その一夜、泣きにしは
君ならじ、そのかみのわが少女。
[やぶちゃん注:「君ならじ、そのかみのわが少女。」の一行は判る者にしか判らぬ…………]
« 「イゴイストは不可い。何もしないで生きてゐやうといふのは橫着な了簡だ。人は自分の有つてゐる才能を出來る丈働かせなくつちや噓だ」 | トップページ | 北原白秋 抒情小曲集 おもひで (初版原拠版) 薊の花 »