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2020/06/05

石川啄木 詩集「あこがれ」(初版準拠版) 小田屋守

 

   小 田 屋 守

 

身は鄙(ひな)さびの小田屋守(をだやもり)、

苜蓿(まごやし)白き花床(はなどこ)の

日照(ひで)りの小畔(をぐろ)、まろび寢て、

足(た)るべらなりし田子(たご)なれば、

君を戀ふとはえも云へね、

水無月(みなづき)螢とび亂れ、

暖(ぬる)き風吹く宵(よひ)の間を、

ひるがほ草(さう)の蔓(つる)ながき

小田(をだ)の小徑(こみち)を匂はせし

都ぶりなるおん袖に

ゆきずり心(こゝろ)蕩(とろ)かせし

その移り香の胸に泌(し)み、

心の栖家(すみか)君にとて

なさけの小窓(をまど)ひきしより、

ああ吹く笛のみだれ音(ね)や、

みだりごころは、靑波の

稻田(いなた)の畔(あぜ)の堰(せ)きかねて

夏照(なつで)り走るぬるみ水、

世に許(ゆ)りがたき貴人(あでびと)の

御姬(みこ)なる君を追ひぞする。

今は四方田(よもだ)の稻たわわ、

琥珀(こはく)の玉をむすべるに、

ひめてはなたぬ我が思ひ、

ただわびしらの思寢(おもひね)の

淚とこそはむすぼふれ、

ああ玉苑(ぎよくえん)のふかみ草

大(おほ)き葩(はなびら)啄(つ)まむとて

追ひやらはれし野の鳥の

つたなき身樣(みざま)まねけるや。

こよひ刈穗(かりほ)の庵(いほ)の戶に

八束穗(やつかほ)守る身を忘れ、

小田刈月(をだがりづき)の亥中月(ゐなかづき)、

君知りしより百夜(もゝよ)ぞと

さまよひ來ぬるみ舘(やかた)の

木槿(むくげ)花咲く垣(かき)のもと、

灯(ほ)かげ明(あか)るき高窓(たかまど)に

君が彈(ひ)くなる想夫憐(さうふれん)。

ああ鄙(ひな)さびの小田屋守(をだやもり)、

笛なげすてて、花つみて、

花をば千々(ちゞ)にさきすてて、

溝(みぞ)こえ、厚(あつ)き垣(かき)をこえ、

君が庭には忍び入る。

            (乙巳二月二十日)

 

[やぶちゃん注:「小田屋守」は主に鹿や猪などの来襲によって田畑が荒らされるのを守る「田守り」のために田畑の中に作った小屋(「田屋(たや)」とも称する)の番人を言う。

「苜蓿(まごやし)」ここは「白き花床」とあることから、お馴染みの双子葉植物綱マメ目マメ科マメ亜科シャジクソウ属 Trifolium 亜属 Trifoliastrum 節シロツメクサ Trifolium repens、則ち、「クローバー」(英名:White clover)の和名である。漢字表記は「白詰草」で、これは弘化三(一八四六)年にオランダから日本へ献上されたガラス製品の包装に衝撃緩衝材として詰められていたことに由来する。明治以降、家畜飼料用として導入されたものが野生化した帰化植物で、根粒菌により窒素固定することが知られる。但し、「馬肥(まごや)し」は厳密には別種であるシャジクソウ連ウマゴヤシ属ウマゴヤシ Medicago polymorpha の異名であるが、こちらは黄色い小さな花で(但し、複数種有り)、ここでは同種ではない。これはヨーロッパで、江戸時代には既に日本に入っていた帰化植物である。なお漢字表記の「苜蓿」は、これまた本来はウマゴヤシに近い品種で紫花をつけ、専ら「もやし」を作るのに用いるウマゴヤシ属ムラサキウマゴヤシ Medicago sativa則ち「アルファルファ」の名で知られる種を指し、牧草として西アジアから輸入されたものである。こちらは中央アジア原産で、やはり明治時代に導入されたが、多湿で酸性土壌の多い日本での生産は定着せず、ごく一部が野生化するに留まっていた。但し、しかし、近年では北海道で耐病性・耐寒性に優れた品種が開発され、栽培が広まっている。

「小畔(をぐろ)」小さな畦(あぜ)。

「べらなりし」過去推量で「そのような生きざまで満足していたように見える塩梅の者であった」の意。「べらなり」は助動詞(形容動詞ナリ活用型)で「~するようだ・~そうに思われる」という推量を示す。助動詞「べし」の語幹「べ」+状態を示す名詞様の語を形成する接尾語「ら」+断定の助動詞「なり」から形成された後発の助動詞。平安時代に漢文訓読に「べし」に当たる語として男性に好んで用いられ、和歌では「古今和歌集」の頃にはかなり用いられたが、実用は間もなく廃れた古語である。

「田子(たご)」農民。

「ひるがほ草(さう)」蔓性植物である「晝顏」、ナス目ヒルガオ科ヒルガオ属ヒルガオ Calystegia japonica。日本原産の在来種。ウィキの「ヒルガオ」によれば、『日本には古くから自生しており、奈良時代末期に成立したとされる『万葉集』では、美しいという意味を表す「容」の語を当てて、容花(かおばな)として記載が見られる』。『奈良時代に朝廷が派遣した遣唐使が、中国(唐)よりアサガオ(朝顔)が持ち帰られたときに、アサガオに対する呼び名としてヒルガオと呼ばれるようになったといわれている』とある。私は昼顔が好きだが、しかし、眺めているうち、ふと、何か悲しくなってくるのを常としている。

「たわわ」形容動詞「撓(たわわ)なり」の語幹の用法。重みで撓んでいるさま。

「わびしら」気を落としているさま。形容動詞「侘しらなり」の語幹の用法。「ら」は先に出た状態を示す名詞様の語を形成する接尾語「ら」。

「ふかみ草」「深見草」。ここはユキノシタ目ボタン科ボタン属ボタン Paeonia suffruticosa の異名。

「小田刈月」「田の稲を刈りとる月」の意で陰暦九月の異称。

「亥中月」陰暦二十日の夜の月。更け待ち月。はつかづき。いなかづき。亥の中刻(午後十時)頃に東天に月が上ることによる。

「木槿」アオイ目アオイ科アオイ亜科フヨウ連フヨウ属ムクゲ Hibiscus syriacus。中国原産であるが、本邦へはかなり古くに渡来し、平安初期にはすで庭木として植えられていたと考えられている。

「想夫憐(さうふれん)」「相府蓮」「想夫恋」とも書く。雅楽の唐楽で平調 (ひょうじょう) の新楽の中曲。舞は古くに絶えた。古代中国の晋の大臣王倹が官邸の池に蓮を植えて愛したことを叙した曲とされる。本邦では男を恋する女心の曲とされ、小督局(こごうのつぼね)が天皇の愛を偲んで弾箏 (だんそう) した話で知られる。

 初出は前に述べた通り、『明星』明治三八(一九〇五)年三月号で、総表題「彌生ごころ」で載る。初出形原本を「国文学研究資料館 電子資料館」の「近代書誌・近代画像データベース」のこちらで読むことが出来る。]

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