北原白秋 抒情小曲集 おもひで (初版原拠版) 接吻
接吻
臭(にほひ)のふかき女きて
身體(からだ)も熱(あつ)くすりよりぬ。
そのときそばの車百合
赤く逆上(のぼ)せて、きらきらと
蜻蛉(とんぼ)動かず風吹かず。
後退(あとし)ざりつつ恐るれば
汗ばみし手はまた强く
つと抱きあげて接吻(くちづ)けぬ。
くるしさ、つらさ、なつかしさ、
草は萎れて、きりぎりす
暑き夕日にはねかへる。
[やぶちゃん注:私が本詩集中、最も偏愛する作品である。私は高校時代から詩歌の抜粋帳を作っていたが、白秋の詩篇から真っ先に抜き書きしたのが本篇であった(その一部を使用した末裔が私の「アンソロジーの誘惑/奇形学の紋章」である)。完璧な七五調で、選んだ語彙も不易にして揺るがず、一行ごとに違ったモーメントが画面を顫(ふる)わせているではないか。艶にして妖、奇にして危、痺れるような甘さに酔うて赫奕たる逆光のハレーションから、致死期の全身の痙攣が一瞬にして襲いくる……。
「車百合」単子葉植物綱ユリ目ユリ科ユリ属クルマユリ Lilium medeoloides。六枚の花被片はオレンジ色で濃紅色の斑点を持つ。花期は七~八月。高山帯・亜高山帯に植生する高山植物。既に出たオニユリ Lilium lancifolium や、似たコオニユリ Lilium leichtlinii との違いはウィキの「クルマユリ」の最下部の比較写真が手っ取り早い。しかし乍ら、この三種の花はよく似ており、今回、北原白秋の経歴と居住地などを調べるに、彼が親しくクルマユリを見た可能性はその限定された植生分布(北海道・本州中部以北と、奈良県と三重県の県境の大台ヶ原山・四国の剣山(つるぎさん))から考えて極めて低く、この三種を知識として実際に区別して認知していた可能性も極めて低いという気がしてきており、彼の言う「車百合」とは「鬼百合」或いは「小鬼百合」のことではないか、その場合、もしかすると前者より一回り小さいコオニユリか、オニユリの小さな個体を指して言っているではないかと思うに至った。私自身、夏山登山でしか見たことがないからである。]
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