北原白秋 抒情小曲集 おもひで (初版原拠版) にくしみ
にくしみ
靑く黃(き)の斑(ふ)のうつくしき
やはらかき翅(は)の蝶(チユウツケ)を、
ピンか、紅玉(ルビー)か、ただひとつ、
肩に星ある蝶(チユウツケ)を
强ひてその手に渡せども
取らぬ君ゆゑ目もうちぬ。
夏の日なかのにくしみに、
泣かぬ君ゆゑその唇(くち)に
靑く、黃(き)の粉(こ)の恐ろしき
にくらしき翅(は)をすりつくる。
[やぶちゃん注:先に「蝶(チユウツケ)」という方言読みについてであるが、ネットで見ると、筑後方言に「蝶々」を「ちょうちょまんげ」「ちゅうちゅうまんげ」と呼び、熊本弁に「ちょちょけ」があるものの、「ちゅうつけ」は見当たらない。しかし、「ちゅうちゅうまんげ」の後半部を短縮圧縮して「ちゅうっけ」と変化したと見るならば、奇異な方言ではないとは思われる。
次に「靑く黃(き)の斑(ふ)のうつくしき」「やはらかき翅(は)の蝶」で、「ピンか、紅玉(ルビー)か、ただひとつ、」「肩に星ある蝶」を考える。「ピン」は「pin」で、一針で衣服や髪に留め付ける球状の装身具のその頭部の宝石の謂いであろう(「紅玉(ルビー)」の対語表現であるから、白玉(はくぎょく)か真珠のようなものをイメージしていると読まねばおかしい)。「靑」・「黃」に以上の「ピン」の白と「紅」の組み合わせを考えると「ただひとつ」というのが(片羽根で考えた際)、紅以外では当てはまらないものの、色彩構成とその美しさからは、非インセクターの私でも国蝶である鱗翅目(私は圧倒的に多い蛾(ガ)を含むこのタクソンを「チョウ目」と一般に呼ぶことに甚だ違和感を持っている) Lepidopteraアゲハチョウ上科タテハチョウ科コムラサキ亜科オオムラサキ属オオムラサキ Sasakia charonda であろうと思う。ウィキの「オオムラサキ」によれば、『日本に分布する広義のタテハチョウ科』Nymphalidae『の中では最大級の種』で、『成虫は前翅長』で五~五・五センチメートルほどで、『オスの翅の表面は光沢のある青紫色で美しい。メスはオスよりひと回り大きいが、翅に青紫色の光沢はなくこげ茶色をしている』。『日本での地理的変異はやや顕著』で、『北海道から東北地方の個体は翅表の明色斑や裏面が黄色く、小型。西日本各地の個体は一般に大型で、翅表明色斑が白色に近く、かつ裏面が淡い緑色の個体も多い。九州産は翅表明色斑が縮小し、一見して黒っぽい印象を与える。日本以外では、裏面に濃色の斑紋が出現した型が多く見られ、また、雲南省からベトナムにかけての個体群は明色斑が非常に発達する。』同種の『南限は宮崎県小林市』(グーグル・マップ・データでここ)である。
「目もうちぬ」は判然としないが、後の四行から考えれば、その蝶の羽根をとろうとしないので、私はそれで彼女の目をも打った、の意であろうと私は思う。それは「夏の日なかのにくしみ」の表現としてしっくりくるからである。そんな乱暴なことをされながらも「泣かぬ君」であった「ゆゑ」、不満の収まらぬ私は、さらに「その」彼女の「唇(くち)に」、蝶の「靑く、黃(き)の粉(こ)の恐ろしき」を「にくらしき翅(は)を」、羽根ごと、「すりつくる」のである、と読む。大方の御叱正を俟つ。]
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