北原白秋 抒情小曲集 おもひで (初版原拠版) 水中のをどり
水中のをどり
色あかきゐもりの腹のひとをどり、
水の痛(いた)さにひとをどり。
腹の赤さは血のごとく、
水の痛さは石炭酸を撒(ふ)るごとし。
時は水無月、日は眞晝、
ゐもりの小さきみなし兒は
尻尾(しつぽ)もふらず、掌(て)も開(あ)かず、
たつた、ふたつの眼を開(あ)けて
ついとかへりぬひとをどり………
風はつめたく、山ふかく、
靑い松葉が針のごと光りて落つるたまり水。
色あかきゐもりの腹のひとをどり、
水の痛さにひとをどり。
[やぶちゃん注:「色あかきゐもり」両生綱有尾目イモリ亜目イモリ科イモリ属アカハライモリ Cynops pyrrhogaster。比較的近年になってフグ毒と同じテトロドトキシン(tetrodotoxin:TTX:C11H17N3O8 )を持つことが判明し、腹の赤黒のおどおどろしい斑点模様は他の動物に有毒物質の保持を知らせる警戒色と考えられている。但し、手で触れる分には全く問題なく、私の知る限り、本邦ではアカハライモリのテトロドトキシンで重篤に陥ったり、死亡した事例は聴いたこともない。
「石炭酸」既出既注だが、再掲しておく。フェノール(phenol)。特異な臭いを持つ無色又は白色の針状結晶又は結晶性の固形物で、水にやや溶け、弱い酸性を示す。化学式はC6H5OH。元はコールタールの分留により得たもので、防腐剤・消毒殺菌剤とする。]
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