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2020/06/14

北原白秋 抒情小曲集 おもひで (初版原拠版) / 石竹の思ひ出 附・「生の芽生」パート標題画像

 

Seinomebae

 生 芽 の 生

 

[やぶちゃん注:モノクロームの国立国会図書館デジタルコレクションの底本と同じ初版本画像をトリミングし汚損を除去して掲げ、下方の赤字の標題を電子化して添えた。標題は「せいのめばえ」と読む。「芽生え」は「芽生ゆ」でヤ行下二段活用の動詞の名詞化であるから、「めばへ」ではない。]

 

 

石竹の思ひ出

 

なにゆゑに人々(ひとびと)の笑ひしか。

われは知らず、

え知る筈なし、

そは稚(いとけな)き三歲(さんさい)のむかしなれば。

 

暑き日なりき。

物音もなき夏の日のあかるき眞晝なりき。

息ぐるしく、珍らしく、何事か意味ありげなる。

 

誰(た)が家か、われは知らず。

われはただ老爺(ヂイヤン)の張れる黃色かりし提燈(ちやうちん)を知る。

目のわろき老婆(バン)の土間(どま)にて割(さ)きつつある

靑き液(しる)出す小さなる貝類のにほひを知る。

 

わが惱ましき晝寢の夢よりさめたるとき、

ふくらなる或る女の兩手は

彈機(ばね)のごとも慌(あは)てたる熱(あつ)き力もて

かき抱き、光れる掾側へと連れゆきぬ。

花ありき、赤き小さき花、石竹の花。

 

無邪氣なる放尿…………

幼兒は靜こころなく凝視(みつ)めつつあり。

赤き赤き石竹の花は痛(いた)きまでその瞳にうつり、

何ものか、背後(うしろ)にて擽(こそば)ゆし、繪艸紙の古ぼけし手觸(てざはり)にや。

 

なにごとの可笑(をかし)さぞ。

數多(あまた)の若き漁夫(ロツキユ)と着物(きもの)つけぬ女との集まりて、

珍らしく、恐ろしきもの、

そを見むと無益にも靈(たまし)動かす。

 

柔かき乳房もて頭(かうべ)を壓され、

幼兒は怪しげなる何物をか感じたり。

何時(いつ)までも何時までも、五月蠅(うるさ)く、なつかしく、やるせなく、

身をすりつけて女は呼吸(いき)す、

その汗の臭(にほひ)の强さ、くるしさ、せつなさ、

恐ろしき何やらむ背後(うしろ)にぞ居れ。

 

なにゆゑに人々(ひとびと)の笑ひつる、

われは知らず、

え知る筈なし、

そは稚き三歲の日のむかしなれば。

 

暑き日なりき、

物音もなき鹹河(しほがは)の傍(そば)のあかるき眞晝なりき。

蒸すが如き幼年の恐怖(おそれ)より

尿(いばり)しつつ………われのただ凝視(みつ)めてありし

赤き花、小さき花、目に痛(いた)き石竹の花。

 

[やぶちゃん注:第三連二行目「われはただ老爺(ヂイヤン)の張れる黃色かりし提燈(ちやうちん)を知る。」(原本はここ)、及び、第五連最終行「何ものか、背後(うしろ)にて擽(こそば)ゆし、繪艸紙の古ぼけし手觸(てざはり)にや。」(原本はここ)のそれぞれの末尾の句点は原本には句読点がないが、後発の諸本を複数比較したところ、孰れも句点があると認定した(ある一本の電子データでは後者を読点とするが、全体の構成からみて、読点では肯ずることが出来ないので無視した)。第四連三行目にある「掾側」はママ。「緣側」(或いは誤字であるが当時盛んに他の作家も慣用した「椽側」)で「えんがは(えんがわ)」である。少年期から貝類マニアであった私は、この一篇を中学生になった折りに暗い誰もいない図書室で読んで、その性的なハレーションの映像とともに文句なしに北原白秋が好きになったのを覚えている。

「石竹」既出既注。ナデシコ目ナデシコ科ナデシコ属セキチク Dianthus chinensis。初夏に紅・白色などの五弁花を咲かせる。葉が竹に似ていることが名の由来とされる。中国原産。

「靑き液(しる)出す小さなる貝類」これは古くから染料である貝紫の採取に用いられた、腹足綱直腹足亜綱新生腹足上目吸腔目高腹足亜目新腹足下目アッキガイ上科アッキガイ科レイシガイ亜科レイシガイ属イボニシ Thais clavigera に同定する。私自身、これを潰して体液を白いハンカチになすりつけ、太陽光(紫外線)を当てて染めてみた経験がある。実際、炎天下で潰すと、流れ出るそれが鮮やかな紫色に発色する。ウィキの「イボニシ」によれば、『極東アジアから東南アジアの一部まで分布し、潮間帯の岩礁に最も普通に見られる貝の一つ。しかし分類学的には未解明の部分もあるとされる。他の貝類を食べるため養殖業にとっては害貝であるが、磯で大量に採取し易いために食用にされたり、鰓下腺』(通称:パープル(purple)腺)『からの分泌液が貝紫染めに利用されたりする』。『成貝は殻高』二~四センチメートルの紡錘形を成し、名の通り、『殻表には多数の低い』疣(いぼ)のような『結節がある。殻色は灰白色』から淡褐色の基底色に、『結節を中心にした黒色』から『黒褐色の斑紋が拡がって』、『全体的に黒っぽく見えるものが多い。内唇・軸唇はクリーム色』で、『内唇、外唇ともに余り肥厚しないが、殻質は』かなり『堅固である。蓋は角が丸い歪んだ台形で、核は外端にあり、中央部に幅広い赤褐色の色帯がある。殻の形態には様々なものが見られ』、『殻のみならず』、『生態的にも遺伝的にも異なること』種群が本邦にはいることが『明らかとなっており』、向後、『複数の種に分割される可能性も示唆されている』。腹足(外套膜)の『裏の前端近くに穿孔腺(または副口腺)と呼ばれる酸を分泌する器官を持ち、獲物の貝殻などに穴を開ける場合に、この酸と歯舌の運動が利用される』。『他のアッキガイ科』Muricidae『と同様、外套腔内部の鰓のすぐ横には鰓下腺(さいかせん:別名パープル腺)がある。この腺の分泌液には』、構成元素に臭素を含んだジブロモインジゴ(6,6’-dibromoindigoC16H8O2N2Br2)と『呼ばれる物質が含まれており、神経を麻痺させる作用があるため、捕食者に対する防御や餌の貝類を攻撃するのに利用されるほか、卵嚢にも注入することで卵が他の生物に食われないようにしていると言われる』また、『この液は紫外線の下で酸化すると』、『紫色に変化することから、古代から他のアッキガイ科貝類とともに貝紫として染色に利用されてきた。また、乾燥などで内部の卵や胚が死滅した卵嚢では色素の発色が起こり、紫色を呈する』とある。サイト「結晶美術館」の「イボニシで貝紫を染めてみた」を見られたい。同じサイトで同じような発色する成分を同じく鰓下腺に有するアッキガイ科チリメンボラ亜科チリメンボラ属アカニシ Rapana venosa を用いた実験をした「アカニシで貝紫を染めてみた」も必見。後者はしかし、実験している最中に思わず食べてしまいそうで私は怖い(実際、美味い)。]

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