北原白秋 抒情小曲集 おもひで (初版原拠版) /「柳河風俗詩」パート 柳河
柳 河 風 俗 詩
[やぶちゃん注:パート標題。]
柳河
もうし、もうし、柳河(やながは)じや、
柳河じや。
銅(かね)の鳥居を見やしやんせ。
欄干橋(らんかんばし)を見やしやんせ。
(驛者は喇叭の音(ね)をやめて
赤い夕日に手をかざす。)
薊の生えた
その家は、………
その家は、
舊(ふるい)いむかしの遊女屋(ノスカイヤ)。
人も住はぬ遊女屋(ノスカイヤ)。
裏の BANKO にゐる人は、………
あれは隣の繼娘(ままむすめ)。
繼娘(ままむすめ)。
水に映(うつ)つたそのかげは、………
そのかげは
母の形見(かたみ)の小手鞠(こてまり)を、
小手鞠を、
赤い毛糸でくくるのじや、
淚片手にくくるのじや。
もうし、もうし、旅のひと、
旅のひと。
あれ、あの三味をきかしやんせ。
鳰(にほ)の浮くのを見やしやんせ。
(馭者は喇叭の音をたてて、
あかい夕日の街(まち)に入る。)
夕燒(ゆふやけ)、小燒(こやけ)、
明日(あした)天氣になあれ。
* 緣臺、葡萄牙の轉化か。
[やぶちゃん注:最後の注は「BANKO」に対するものであるが、注記号が打たれていない。註が詩篇と同ポイントなのはママ。
「銅(かね)の鳥居」現在の福岡県柳川市三橋町高畑にある三橋神社の鳥居(グーグル・ストリートビュー。そのまま振り返ると、次の欄干橋が見える)。
「欄干橋」同前の三柱神社参道入り口の二ツ川に架かる(グーグル・マップ・データ航空写真)。
「遊女屋(ノスカイヤ)」「Noskai 屋(遊女屋)」で既出既注。小学館「日本国語大辞典」に「のすかい」で娼妓・遊女の方言とし、九州で広汎に見られるようである。語源は記されていないが、熊本の方の記載を見ると、「のすかい」で「いやな感じがする」「風紀上よろしくない」という意であるとある。
「住はぬ」「すまはぬ」。
「BANKO(椽臺)」注の「葡萄牙」は「ポルトガル」語。既出既注であるが、再掲しておく。柳川で各家庭の玄関先などに置かれた畳一畳分ほどで高さ六十センチメートル程の杉材で造られた縁台。サイト「月刊『杉』WEB版」の橋本憲之氏の『特集 西鉄柳川駅「学ぼう! つくろう! 駅前広場でモノづくり」』の「モノ づくりをとおして」の解説と写真を見られたい。
「鳰」カイツブリ目カイツブリ科カイツブリ属カイツブリ Tachybaptus ruficollis。国字。]
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