北原白秋 抒情小曲集 おもひで (初版原拠版) 靑い小鳥
靑い小鳥
知らぬ男のいふことに、
靑い小鳥よ、樫(かし)の木づくり、わしの寢床(ねどこ)が見馴れたら
せめて入日につまされて鳴いておくれよ、籠の鳥、
牛乳(ちち)が好きなら牛乳(ちち)飮まそ、
野芹(のぜり)つばなも欲しかろがわしの身體(からだ)ぢやままならぬ。
何がさみしいカナリヤよ、
――よしやこの身が赤い血吐いていまに死なうとそなたは他人。
じつと默(つぐ)んだ嘴(くちばし)にケレオソートが泌むかいな。
死んだ娘のいふことに、
靑い小鳥よ、擔荷(たんか)の上のわしの姿が見えぬとて
ひとの淚のうしろからちらと鳴くのか、籠の鳥、
弔(くやむそなたの眞實(しんじつ)は
金の時計か、襟どめか、惜しい指輪の玉であろ。
何がかなしいカナリヤよ、
――よしやこの身が解剖(ふわけ)をされて墓へかへろとそなたは他人。
やつといまごろ鳴いたとて死んだ肌(はだへ)がなんで知ろ。
わしの從兄弟(いとこ)がいふことに
靑い小鳥よ、樫の木づくり、おなじ寢どこに三人(みたり)まで
死ぬる命の贐(はなむけ)に鳴いて暮らすか、籠の烏、
ケレオソートにや馴染(なじ)みもしよが、
いつも馴染まぬ人の眼が今ぢやそなたも厭(いや)であろ。
何がせはしいカナリヤよ。
――よしやこの身が冷(つめ)たくなろと息が締(き)れよとそなたは他人。
死なぬさきから鳴かうとままよ、あとの二日でわしも死ぬ………………
[やぶちゃん注:「野芹(のぜり)」双子葉植物綱セリ目セリ科セリ属セリ Oenanthe javanica。昔、よく母と摘んだものだった。
「つばな」私の好きな単子葉植物綱イネ目イネ科チガヤ属チガヤ Imperata cylindrica の異名。漢字表記は「千萱」「茅」「白茅」。ウィキの「チガヤ」によれば、『日当たりのよい丘陵地、原野、草地、野山にごく普通に見られ、道端や畑、公園、空き地など草刈りが良く行われる場所にも出現する』。『河原の土手などでは、一面に繁茂することがある』。『花期は初夏』の五~6九月で、『葉が伸びないうちに葉の間から花茎を伸ばして、赤褐色の花穂を出す』。『この花穂を抜き取ってしゃぶり、噛むと甘みがある』。『穂は細長い円柱形で、葉よりも花穂は高く伸び上がり、花茎の上部に葉は少なく、ほぼまっすぐに立つ』。『小穂は基部に白い毛がある』。『花は小さく、銀白色の絹糸のような長毛に包まれて花穂に群がり咲かせ、褐色の雄しべがよく目立つ』。『果期の熟した穂は、綿のようにほぐれて、種子(果実)はこの綿毛に風を受けて遠くまで飛ばされる』とある。
「ケレオソート」クレオソート。creosote。主に山毛欅(ぶな:ブナ目ブナ科ブナ属 Fagus)の植物のほか、梨・紅葉・松などから得た「木タール」を蒸留した内、水より重い蒸留分を精製したもので、グアヤコール・クレゾールなど約十種から成るフェノール類の混合物。無色又は微黄色の澄明な液で、特異な刺激臭があり、舌を焼くような味を有する。水に溶け難く、エタノール(エチルアルコール)・エーテル・グリセリンとよく混和する。殺菌・防腐作用を有し、腸内異常発酵・各種下痢・食中毒に「クレオソート丸」として内服する(「正露丸」特有の臭いはこれである)。また、去痰・鎮咳作用があるとされ、慢性気管支炎の治療などに用いられ、また、局所麻酔効能により、歯科では小綿球に浸して虫歯に挿入し、殺菌消毒と痛みをとるために用いたりするが、個人的にはあの臭気が既に殺菌と並列して刷り込まれてしまっているものの、実効性能はかなり怪しいと認識している。]
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