北原白秋 抒情小曲集 おもひで (初版原拠版) 穀倉のほめき
穀倉のほめき
思ひ出は穀倉(こくゝら)の挽臼(ひきうす)の上に
ぼんやりと置きわすれたる蠟燭の火か、
黃いろなる蠟燭の火は
苅麥(かりむぎ)と七面鳥の卵とに陰影(かげ)をあたへ、
惡戯者(いたづらもの)の二十日鼠にうちわななく。
柔かに泣く聲は物忘(ものわす)れゆく女のごとく、
薄あかりする空窓(そらまど)の硝子より、
ふけゆく夜(よる)のもののねをやかなしむ。………
黃いろなる蠟燭のちろちろ火。
いまだに大人(おとな)びぬ TONKA JOHN のこころは
かの穀物(こくもつ)の花にかくれんぼの友をさがし、
暖かにのこりたる祭(まつり)のお囃子(はやし)にききふける…………
さみしき曙の見えて
顏靑き乞食らのさし覗かぬほどぞ、
しづやかに燃え盡きむ
美くしき蠟燭のその淚、…………
註。Tonka John. 大きい方の坊つちやん、
弟と比較していふ、柳河語。殆どわが
幼年時代の固有名詞として用ゐられた
るものなり。人々はまた弟の方を
Tinka John と呼びならはしぬ。
阿蘭陀訛?
[やぶちゃん注:単なる植字の関係だけだろうが、リーダの一部部分が明らかに大きくなっているので、再現してはみた。註は底本では三行に書かれてある。ブログ・ブラウザの不具合を考えて早く改行した。]
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