北原白秋 抒情小曲集 おもひで (初版原拠版) くろんぼ
くろんぼ
くろんぼのまだうらわかい母親は
くろんぼの嬰兒(みどりご)の圓(まろ)い頭(あたま)を撫でさすり、
乳をのませ、
滑(すべ)るその手もしなやかに黑い頭(あたま)を撫でさする。
長崎の異人屋敷の棕梠の花、
カステラ色の棕梠の花。
その日あたりに足投げいだし、
ものおもふくろんぼに抱かるる
くろんぼの兒よ。
くろんぼの兒は乳をのみ、
頭(あたま)をなんとなく撫でらるる快さに
靜こころなくつく呼吸(いき)の、
出で入る呼吸(いき)の、
光澤(つや)のある母の皮膚を、
なめらかなその胸を
また滑(なめ)らかに撫でかへす…………
夏の午(ひる)過ぎ、ついちろちろと鳥のこゑ、
水平線のかがやきは銀(ぎん)を流して一線(ひとすぢ)に。
母親の夢は何をおもふ。
無心に乳をのむくろんぼの
その兒の、
黑い手のひらに握られて、
しめやかに匍ひいづる
首の赤い一匹の、その螢……………………
[やぶちゃん注:「棕梠」一応、単子葉植物綱ヤシ目ヤシ科シュロ属ワジュロTrachycarpus fortune の花に同定しておくが、実際にはシュロと言っても多様なシュロ属を指しているケースが多く、ここは長崎を舞台としており、他の種の可能性も高い。雌雄異株であるが、稀に雌雄同株も存在する。雌株は五~六月に葉の間から花枝を伸ばして微細な粒状の黄色い花を密集して咲かせる(果実は十一~十二月頃に黒く熟す。ここまではウィキの「シュロ」に拠った。他の種はリンク先を見られたい)。
本篇を以って「骨牌の女王 童謠」十一篇は終わっている。]
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