北原白秋 抒情小曲集 おもひで (初版原拠版) 二人
二人
夏の日の午後(ひるすぎ)………
瓦には紫の
薊ひとりかゞやき、
そことなしに雲が浮ぶ。
酒倉の壁は
二階の女部屋にてりかへし、
痛(いた)いやうに針が動く、
印度更紗のざくろの實。
暑い日だつた。
默(だま)つて縫ふ女の髮が、
その汗が、溜息(ためいき)が、
奇異(ふしぎ)な切なさが………
惱ましいひるすぎ、
人形の首はころがり、
黑い蝶(ヂュウツケ)の斷(ちぎ)れた翅(つばさ)、
その粉(こな)の光る美くしさ、怪しさ。
たつた二人、…………
何か知らぬこころに
九歲(ここのつ)の兒が顫へて
そつと閉(し)めた部屋の戶。
[やぶちゃん注:「蝶(ヂュウツケ)」の濁音「ヂ」+拗音「ュ」の表記はママである。前の「にくしみ」では一貫してルビは「チユウツケ」であった。を私はこれを生前のアンドレイ・タルコフスキイ(Андрей Арсеньевич Тарковский/ラテン文字転写:Andrei Arsenyevich Tarkovsky 一九三二年~一九八六年)に撮って貰いたかった。それは確かに日本版「鏡」(Зеркало:音写「ジェルカラ」。一九七五年ソヴィエト公開。一九八〇年日本公開)のワン・シーンとなるであろう。
「印度更紗のざくろの實」色の換喩による修飾。「印度更紗」はその生地の一番知られた基調色は柘榴(フトモモ目ミソハギ科ザクロ属ザクロ Punica granatum)の熟した実の外殻皮と同じ強い臙脂色である。]
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