北原白秋 抒情小曲集 おもひで (初版原拠版) 兄弟
兄弟
われらが素肌(すはだ)のさみしさよ、
細葱(ほそねぎ)の靑き畑(はたけ)に、
きりぎりすの鳴く眞晝に。
金(きん)いろの陽(ひ)は
匍ひありく弟の胸掛にてりかへし、
そが兄の銀(ぎん)の小笛にてりかへし、
護謨(ごむ)人形の鼻の尖(とが)りに彈(は)ねかへる。
二人(ふたり)が眼に映(うつ)るもの、
いまだ酸ゆき梅の果、
土龍(もぐら)のみち、
晝の幽靈。
素肌にあそぶさびしさよ、
冷(つ)めたき足の爪さきに畑(はたけ)の土(つち)は新しく、
金(きん)の光は絕間なく鐵琴(てつきん)のごと彈ねかへる。
かくて、哀(かな)しき同胞(はらから)は
同じ血脈(ちすぢ)のかなしみのつき纒(まと)ふにか、呪ふにか、
離れんとしつ、戯(たはむ)れつ…………
みどり兒は怖々(おづおづ)と、あちら向きつつ蟲を彈(は)ね、
兄は眞靑(まさを)の葱のさきしんと眺めて、唇(くち)あてて
何かえわかぬ晝の曲、
ひとり寥(さみ)しく笛を吹く、銀(ぎん)の笛吹く、笛を吹く。
[やぶちゃん注:太字「しん」は底本では傍点「ヽ」。]
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