北原白秋 抒情小曲集 おもひで (初版原拠版) 乳母の墓 / 「おもひで」パート~了
乳母の墓
あかあかと夕日てらしぬ。
そのなかに乳母と童と
をかしげに墓をながめぬ。
その墓はなほ新らしく、
畑中の南瓜の花に
もの甘くしめりにほひき。
乳母はいふ、『こはわが墓』と、
『われ死なばここに彫りたる
おのが名の下闇(したやみ)にこそ。』
三歲(みとせ)のち、乳母はみまかり、
そのごともここに埋(う)もれぬ。
さなり、はや古びし墓に。
あかあかと夕日さす野に、
南瓜花(かぼちやばな)をかしき見れば
いまもはた淚ながるる。
[やぶちゃん注:この乳母は既に幾つかの詩篇に登場し、挿絵にも出た隆吉(白秋)の罹患した腸チフスを看病する内、感染し、明治二〇(一八八七)年(当時白秋は数え三歲)に亡くなったシカとしか考えられぬが、この詩篇の内容は以上の事実から、あり得ない仮想詩であることが判る。しかし、一読、忘れ得ぬ哀傷の一篇である。これを以って本詩集の部分パート「おもひで」は終わっている。]
« 北原白秋 抒情小曲集 おもひで (初版原拠版) 恐怖 / 挿絵「死ンダ乳母ト John ト | トップページ | 北原白秋 抒情小曲集 おもひで (初版原拠版) / 石竹の思ひ出 附・「生の芽生」パート標題画像 »