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2020/06/28

北原白秋 抒情小曲集 おもひで (初版原拠版) 酒の黴

 

酒の黴

 

  酒屋男は罰被(か)ぶらんが不思議、
  ヨイヨイ、足で米といで手で流す、
  ホンニサイバ手で流す。ヨイヨオイ。

 

  1

金(きん)の酒をつくるは

かなしき父のおもひで、

するどき歌をつくるは

その兒の赤き哀歡(あいくわん)。

 

金(きん)の酒をつくるも、

するどき歌をつくるも、

よしや、また、わかき娘の

父(てて)知らぬ子供生むとも…………

 

  2

からしの花の實になる

春のすゑのさみしや。

酒をしぼる男の

肌さへもひとしほ。

 

  3

酒袋(さかぶくろ)を干すとて

ぺんぺん草をちらした。

散らしてもよかろ、

その實(み)となるもせんなし。

 

  4

酛(もと)すり唄のこころは

わかき男の手にあり。

擢(かい)をそろへてやんさの

そなた戀しと鳴らせる。

 

  5

麥の穗づらにさす日か、

酒屋男(さかやをとこ)にさす日か、

輕ろく投げやるこころの

けふをかぎりのあひびき。

 

  6

人の生るるもとすら

知らぬ女子(をなご)のこころに、

誰(た)が馴れ初めし、酒屋の

にほひか、麥のむせびか。

 

  7

からしの花も實となり、

麥もそろそろ刈らるる。

かくしてはやも五月は

酒量(はか)る手にあふるる。

 

  8

櫨(はじ)の實採(みとり)の來る日に

百舌(もず)啼き、人もなげきぬ、

酒をつくるは朝あけ、

君へかよふは日のくれ。

 

  9

ところも日をも知らねど、

ゆるししひとのいとしさ、

その名もかほも知らねど、

ただ知る酒のうつり香。

 

  10

足をそろへて磨(と)ぐ米、

水にそろへて流す手、

わかいさびしいこころの

歌をそろゆる朝あけ。

 

  11

ひねりもちのにほひは

わが知る人も知らじな。

頑(かた)くなのひとゆゑに

何時(いつ)までひねるこころぞ。

 

  12

微(ほの)かに消えゆくゆめあり、

酒のにほひか、わが日か、

倉の二階にのぼりて

暮春をひとりかなしむ。

 

  13

さかづきあまたならべて

いづれをそれと嘆かむ、

唎酒(ききざけ)すなるこころの、

せんなやわれも醉ひぬる。

 

  14

その酒の、その色の、にほひの

口あたりのつよさよ。

おのがつくるかなしみに

囚(と)られて泣くや、わかうど。

 

  15

酒を釀(かも)すはわかうど、

心亂すもわかうど、

誰とも知れぬ、女の

その兒の父もわかうど。

 

  16

ほのかに忘れがたきは

酒つくる日のをりふし、

ほのかに鳴いて消えさる

靑い小鳥のこころね。

 

  17

酒屋の倉のひさしに

薊のくさの生ひたり、

その花さけば雨ふり、

その花ちれば日のてる。

 

  18

計量機(カンカン)に身を載せて

量るは夏のうれひか、

薊の花を手にもつ

裸男の酒の香。

 

  19

かなしきものは刺あり、

傷(きず)つき易きこころの

しづかに泣けばよしなや、

酒にも黴(かび)のにほひぬ。

 

  20 

目さまし時計の鳴る夜に

かなしくひとり起きつつ

倉を巡回(まは)れば、つめたし、

月の光にさく花。

 

  21

わが眠(ぬ)る倉のほとりに

靑き光(ひ)放つものあり、

螢か、酒か、いの寢ぬ

合歡木(カウカノキ)のうれひか。

 

  22

倉の隅にさす日は

微(ほの)かに光り消えゆく、

古りにし酒の香にすら、

人にはそれと知られず。

 

  23

靑葱とりてゆく子を

薄日の畑にながめて

しくしく痛(いた)むこころに

酒をしぼればふる雪。

 

  24

銀の釜に酒を湧かし、

金の釜に酒を冷やす

わかき日なれや、ほのかに

雪ふる、それも歎かじ。

 

  25

夜ふけてかへるふしどに

かをるは酒か、もやしか、

酒屋男のこころに

そそぐは雪か、みぞれか。

 

[やぶちゃん注:冒頭の添え辞は二行であるが、ブラウザでの不具合を考え、三行に分かった。太字「やんさの」と「もやし」は底本では傍点「ヽ」。各章の行空けは、底本では複数個所に不審があるが、それは総て版組のミスや、初行にルビ振ったために生じたやはり版組の不具合と判断出来るので、総て統一した。「4」の「擢(かい)」はママ。「櫂」が正しい。

「ホンニサイバ」方言とは思われるが、意味不明。「ホンニ」は「まことに」「実に」の意だろうが、「サイバ」が判らぬ。識者の御教授を乞う。

「からし」フウチョウソウ目アブラナ科アブラナ属セイヨウカラシナ変種カラシナ Brassica juncea var. cernua

「ぺんぺん草」アブラナ目アブラナ科ナズナ属ナズナ Capsella bursa-pastoris の異名。

「酛(もと)すり唄」日本酒の製法の一つである生酛(きもと)造りで、蒸米・米麹・水を混ぜ合わせたものを櫂棒(かいぼう)で摺(す)る作業の労働唄。

「櫨(はじ)」既出既注。

「そろゆる」「揃ゆる」。ハ行下二段活用の「揃(そろ)ふ」から転じて、室町時代頃から用いられた語で、多くの場合、終止形は「そろゆる」の形で他動詞ヤ行下二段で活用した。

「ひねりもち」「捻り餅」蒸した米を手で捻(ひね)って餅状にしたもの。酒造の際に酒米の蒸し具合を知るために作る。

「計量機(カンカン)」台秤(だばかり)・竿秤(さおばかり)などの俗称。古くは看貫(かんかん:商品や貨物の貫目を量ること。明治初期に横浜で生糸取引の際に貫目を改め見たことからいう)の時に用いた、西洋から渡来した台秤をいったが、後には竿秤などをも指すようになった。ここは本来の台秤であろう。

「いの寢ぬ」「寢(い)ぬ」+「寢(ぬ)」の畳語が訛ったものであろう。「いぬぬ」「いをぬ」などがある。

「合歡木(カウカノキ)」既出既注。]

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