北原白秋 抒情小曲集 おもひで (初版原拠版) 銀笛
銀笛
病弟鐵雄に
思ひ出の、夜(よ)の、空の
ほの靑き瓦斯(ガス)の火に、
しみじみと
銀笛の音ぞうれふ。
そこはかと粉雪(こゆき)ふり、
梅の花黃になげく
その苑(その)の、
身のいたき衰弱(おとろへ)や。
罅(ひび)うすき硝子戶に
肋膜(ろくまく)のわづらひに、
その胸に、
かの泌みる音はほそし。
寫眞屋の燒あとに
鶯の鳴きつかれ、
珈琲店(カフエ)にまた、
薄荷酒(はつかしゆ)の冷(ひ)えゆけば、
靈(たましひ)の病める手に、
げに一夜(ひとよ)、きざまれて、
ひとりまた
音(ね)にかつのる、そのなげきよ。
[やぶちゃん注:「銀笛」先行する短歌作品から恐らく「ぎんてき」である。とある白秋の短歌評釈では六穴金管縦笛と限定しているが、必ずしもそれに拘る必要は無かろう。
「薄荷酒」クレーム・デ・メント(Creme de menthe)。甘いミント風味の酒。カクテルの素材ともなる。風味付けにコルシカ・ミント、又は、乾燥したペパーミントを用いる。「ホワイト」と呼ばれる無色のものと、ミントの葉、又は、着色料で色付けした緑色のものがある。]
« 北原白秋 抒情小曲集 おもひで (初版原拠版) 泪芙藍 | トップページ | 北原白秋 抒情小曲集 おもひで (初版原拠版) 凾 »