北原白秋 抒情小曲集 おもひで (初版原拠版) ロンドン
ロンドン
夏の日向(ひなた)にしをれゆく
ロンドン草(さう)の花見れば
暑き砂地にはねかへる
蟲のさけびの厭はしや。
かつはさみしき唇(くちびる)に
カステラの粉をあつるとき、
ひとりとくとく乳(ちち)ねぶる
あかんぼの頭(あたま)にくらしや。
夏の日向にしをれゆく
ロンドン草よ、わがうれひ。
松葉牡丹のことをわが地方にては
ロンドンと呼びならはしぬ。
その韻いまもわすれず。
[やぶちゃん注:最後の注は二行書きであるが、ブラウザの不具合を考えて、三行にに分かった。
「ロンドン草」「松葉牡丹」双子葉植物綱ナデシコ目スベリヒユ科スベリヒユ属マツバボタン Portulaca grandiflora。花弁の色は白・黄・赤・オレンジ・ピンクなど多彩であるが、北原白秋は後に纏めた処女歌集「桐の花」(大正二(一九一三)年四月東雲堂刊)では、「Ⅱ 夏 郷里柳河に帰りてうたへる歌」の「四」で(国立国会図書館デジタルコレクションの画像で初版を視認した)、
*
ロンドンの悲しき言葉耳にあり花赤ければ命短し
いと高き君がよき名ぞ忍ばるる赤きロンドン赤きロンドン
狂ほしく髮かきむしり晝ひねもすロンドンの紅(べに)をひとり凝視(みつ)むる
縫針(ぬひはり)の娘たれかれおとなしくロンドンの花を踏みて歸るも
ロンドンは松葉牡丹の柳河語なり
*
と四首を詠じており、三種は「赤」「紅」である。さもありなんとぞ思う。「ロンドン草」の由来は不詳。]
« 北原白秋 抒情小曲集 おもひで (初版原拠版) あかんぼ | トップページ | 北原白秋 抒情小曲集 おもひで (初版原拠版) 接吻 »