北原白秋 抒情小曲集 おもひで (初版原拠版) みなし兒
みなし兒
あかい夕日のてる坂で
われと泣くよならつぱぶし…………
あかい夕日のてるなかに
ひとりあやつる商人(あきうど)のほそい指さき、舌のさき、
糸に吊(つ)られて、譜につれて、
手足顫はせのぼりゆく紙の人形のひとおどり。
あかい夕日のてる坂で
やるせないぞへ、らつぱぶし、
笛が泣くのか、あやつりか、なにかわかねど、ひとすぢに
糸に吊(つ)られて、音(ね)につれて、
手足顫(ふる)はせのぼりゆく戯(おど)け人形のひとおどり。
なにかわかねど、ひとすぢに
見れば輪廻(りんね)が泣いしやくる。
たよるすべなき孤兒(みなしご)のけふ日(ひ)の寒さ、身のつらさ、
思ふ人には見棄てられ、商人(あきうど)の手にや彈(はぢ)かれて、
糸に吊(つ)られて、譜につれて、
手足顫(ふる)はせのぼりゆく紙の人形のひとおどり。
あかい夕日のてる坂で
消えも入るよならつぱぶし…………
[やぶちゃん注:最初に出る第二連「顫はせ」にルビがないのはママ。「彈(はぢ)かれて」のルビはママ。
「らつぱぶし」小学館「日本大百科全書」によれば、『明治の流行歌。作詞・作曲者未詳。囃子詞(はやしことば)にちなんで『トコトット節』ともいう。日露戦争が終結した』明治三八(一九〇五)年『から歌い出され、数年にわたって大流行した。「倒れし兵士を抱き起し」や』「今鳴る時計は八時半」と『いった歌詞に、時代相がうかがえる。替え歌は数多く、たとえば「紳士の妾(めかけ)の指先に、ピカピカするのは何じゃいな、ダイヤモンドか違います、可愛(かわい)い労働者の汗の玉、トコトットット」などは、官憲の目を盗んで街頭で歌われた。また』、『足尾銅山の過酷な労働を歌い込むなど、社会の矛盾を指摘する歌詞も現れた』とある。サイト「日本伝統音楽研究センター」の「伝音アーカイブズ」の「上方座敷歌の研究」に「ラッパ節」があり、一つの歌詞及び語釈・解説があり、YouTubeの音源も聴ける。]
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