北原白秋 抒情小曲集 おもひで (初版原拠版) 敵
敵
いづこにか敵のゐて、
敵のゐてかくるるごとし。
酒倉のかげをゆく日も、
街(まち)の問屋に
銀紙(ぎんがみ)買ひに行くときも、
うつし繪を手の甲に押し、
手の甲に押し、
夕日の水路(すゐろ)見るときも、
ただひとりさまよふ街の
いづこにか敵のゐて
つけねらふ、つけねらふ、靜こころなく。
[やぶちゃん注:幼児や少年期にありがちな病的とは言えない強迫的追跡妄想である。私もそんな遠い昔の記憶がある(但し、それはしかし、私の場合、妄想起原ではなく、都会から田舎に戻った結果、激しいいじめに逢ったことによるトラウマであったという点では、トンカ・ジョン白秋のような甘い幻想とは無縁であったが)。
「うつし繪」現在のシールの起原と考えてよい小児玩具である。平凡社「世界大百科事典」によれば、人物や花などの絵を色刷りにしたもので、これを水にぬらして腕や手の甲にはりつけると、絵が台紙から離れ、肌に移って染まるものである。江戸末期には木版刷りで入墨を模したものがあったとある。私の少年時代には普通に駄菓子屋で売られていた、懐かしいものである。]
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