フォト

カテゴリー

サイト増設コンテンツ及びブログ掲載の特異点テクスト等一覧(2008年1月以降)

The Picture of Dorian Gray

  • Sans Souci
    畢竟惨めなる自身の肖像

Alice's Adventures in Wonderland

  • ふぅむ♡
    僕の三女アリスのアルバム

忘れ得ぬ人々:写真版

  • 縄文の母子像 後影
    ブログ・カテゴリの「忘れ得ぬ人々」の写真版

Exlibris Puer Eternus

  • 吾輩ハ僕ノ頗ル氣ニ入ツタ教ヘ子ノ猫デアル
    僕が立ち止まって振り向いた君のArt

SCULPTING IN TIME

  • 熊野波速玉大社牛王符
    写真帖とコレクションから

Pierre Bonnard Histoires Naturelles

  • 樹々の一家   Une famille d'arbres
    Jules Renard “Histoires Naturelles”の全挿絵 岸田国士訳本文は以下 http://yab.o.oo7.jp/haku.html

僕の視線の中のCaspar David Friedrich

  • 海辺の月の出(部分)
    1996年ドイツにて撮影

シリエトク日記写真版

  • 地の涯の岬
    2010年8月1日~5日の知床旅情(2010年8月8日~16日のブログ「シリエトク日記」他全18篇を参照されたい)

氷國絶佳瀧篇

  • Gullfoss
    2008年8月9日~18日のアイスランド瀧紀行(2008年8月19日~21日のブログ「氷國絶佳」全11篇を参照されたい)

Air de Tasmania

  • タスマニアの幸せなコバヤシチヨジ
    2007年12月23~30日 タスマニアにて (2008年1月1日及び2日のブログ「タスマニア紀行」全8篇を参照されたい)

僕の見た三丁目の夕日

  • blog-2007-7-29
    遠き日の僕の絵日記から
無料ブログはココログ

« 三日前の夢 | トップページ | 石川啄木 詩集「あこがれ」(初版準拠版) 夢の宴 »

2020/06/04

マスク――アルコール消毒――ウィルス勘違い――

マスクは自分が罹患していない場合は、殆んど全く意味がない(サージカル・タイプでもウィルスは問題なく元気に透過する)。だから、マスク着用は対人的似非エチケットに過ぎない。しかしそれを問題にしようとは思わないし、マスクをすることは他者からの批判の目線を避けるためにも、最早、必須となっている下らぬ乍ら、仕方のない事実としては、まあ、認めよう。
次にアルコール消毒だが、これは全く意味がない。COVID-19のウィルスはアルコールでは「死なない」のである。これは、パンデミック以前から疫学者たちが公の場で誰もが何度も言っている。
というより、彼らを「菌」と呼んだり、「生物」とする認識は大変な誤りである。ウィルスは我々の「生物」という概念からは全く外れる、生物と非生物の狭間のある存在であるから、「死ぬ」という言い方も私は留保したいのである。しかもCOVID-19 はRNAウィルスであり、複製が下手なのだ。誤変異は簡単に発生する。昨日のコビットは今日のコビットではない可能性は頗る高いのだ。それは「進化」ではなく、不完全な複製による「誤変異」であることを認識せねばならない。そこではヒトに感染しても、何の症状も引き起こさない「変異体」が生まれるかも知れぬし、逆にヒトを簡単に重篤肺炎や血栓による死に至らしめる、寄生体である「彼ら」にとっても致命的な問題を引き起こす場合もある(寄生主を殺さないのが「彼ら」寄生体の絶対的掟なのだ。寄生体が死んでしまえば、「彼ら」も消え去る運命にあるからである)。
また最近、個人的にはヒト以外が中間宿主である可能性を私は考えている。感染経路不明が増えているのは、猫や犬や鳥といった生物がCOVID-19の広汎伝搬生物である可能性を私は疑うべきだと考えている。既に、国外ではミンクで感染が確認されている。私の謂いがおかしいというのなら、獣類のCOVID-19によるヒト以外の獣類の多量死が起こらないのは何故かを説明されたい。ヒトにとつては日和見感染で重篤な病いであっても、彼らにとっては感染しても実は全く発症しないという可能性は大いにあり得るのである。
一言、言う。私はこのパンデミック以前から、もう五年以上、一週間に概ね一度しか、下界(町)に出ていない。だから、私の生活は宣言の前も後も殆んど変わりはしないのであるが、さても、そこでふと気がついた。とある大手のスーパー(具体的名称は控える)の前に置かれた、「アルコール消毒液」とはっきり表示されたものを使用した際、数分経っても全く揮発しないことに不審を抱いたことである。そこで、先日、戻って、その容器の成分表示を見たところが、どこにもアルコール分の%表示がなかったのだ(触らずに四方を総て見たが、ない。底にでもあるのかね?)。その後も何度か試みに使用してみても、濡れたままで、やはり乾く気配が、これ、全くない。私は結局、改めて洗面所の水道で洗浄した。「あれは、中に水を多量に入れて薄めているのではないか?」と激しく疑った。ポンプを押す際の接触による感染リスクを考えると、あれも甚だ怪しい。使わない方が無難で、やっても全く意味のないもの、と、私は猜疑していると言っておく。

« 三日前の夢 | トップページ | 石川啄木 詩集「あこがれ」(初版準拠版) 夢の宴 »