北原白秋 抒情小曲集 おもひで (初版原拠版) 立秋
立秋
柳河のたつたひとつの公園に
秋が來た。
古い懷月樓(くわいげつろう)の三階へ
きりきりと繰(く)り上ぐる氷水の硝子杯(コツプ)、
薄茶(うすちや)に、雪に、しらたま、
紅(あか)い雪洞(ぼんぼり)も消えさうに。
柳河のたつたひとつの遊女屋(いうぢよや)に
薊(あざみ)が生え、
住む人もないがらんどうの三階から
きりきりと繰り下ぐる氷水の硝子杯(コツプ)、
お代りに、ラムネに、サイホン、
こほろぎも欄干(らんかん)に。
柳河のたつたひとりの NOSKAI は
しよんぼりと、
月の出の橋の擬寶珠(ぎぼしゆ)に手を凭(もた)せ、
きりきりと音(おと)のかなしい薄あかり、
けふもなほ水のながれに身を映(うつ)す。
「氷、氷、氷、氷、…………」
* 遊女、方言。
[やぶちゃん注:最後の注は本文への注記号はないが、「NOSKAI」へのそれ。……それにしても……私が最後に「かき氷」を食べたのは何時だったろう……もう忘れるほどの大昔…………
「懷月樓」既出既注の三柱神社参道入り口の二ツ川に架かる欄干橋を渡った左手にあった明治時代の遊女屋の屋号。現在は「松月文人館」(グーグル・マップ・データ。地図に館名がないが、ストリートビューで確認出来る)となり、一階は川下り乗船場で、二階と三階が北原白秋など地元所縁の文学者らの資料館となっている。当時はこの三階がカフェとなっていたようである。
「サイホン」サイホンラムネの略。所謂、お馴染みの圧のかかったくびれた壜入りのラムネ。
「月の出の橋」月の登った「出(いで)の橋」(既出既注)の意であろう。]
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