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2020/06/01

萩原朔太郎 氷島 初版本原拠版 附・初出形 我れの持たざるものは一切なり

 

   我れの持たざるものは一切なり

 

我れの持たざるものは一切なり

いかんぞ窮乏を忍ばざらんや。

獨り橋を渡るも

灼きつく如く迫り

心みな非力の怒に狂はんとす。

ああ我れの持たざるものは一切なり

いかんぞ乞食の如く羞爾として

道路に落ちたるを乞ふべけんや。

捨てよ! 捨てよ!

汝の獲たるケチくさき名譽と希望と、

汝の獲たる汗くさき錢(ぜに)を握つて

勢ひ猛に走り行く自働車の後(あと)

枯れたる街樹の幹に叩きつけよ。

ああすべて卑穢なるもの

汝の非力なる人生を抹殺せよ。

 

[やぶちゃん注:「羞爾として」「羞爾」は「しうじ(しゅうじ)」と読ませるつもりであろうが、こんな熟語は一般には存在しない。「漂泊者の歌」の奇体な「滄爾」で指摘した通り、「爾」には熟語を形成する場合に「しかり・そのとおりである・そのように」と言った意味を修飾語(この場合は上の「羞」)に添える助字か、或いは「のみ・だけ」の限定・断定の助字の可能性が考えられるが、萩原朔太郎の他の造語を見ると、前者の意で「而」と同じ意味で用いているケースが多いことが判っている(「爾」と「而」は音も通底する)。則ち、「羞爾たり」という形容詞の造語の連用形で「さも恥ずかしいことと(感じながら)」の意である。なお、「羞而」ならば、熟語ではないが、例えば、「荘子」の「天地」篇の「吾非不知、羞而不爲也。」(吾は知らざるに非ず、羞じて爲さざるなり。)などを想起させるものともなる。

 にしても、私は個人的にはこのもの言いには共鳴感を感じない。所謂、禪の「無一物卽無盡藏」のようには喝破されない、汚穢に満ちた絶望という何ものも持たない絶対の渇望という構造が、だらだらとした表現の中でその剃刀の刃を完全に鈍麻させて、拒絶と抹殺が孰れも不徹底になってしまっているからである。萩原朔太郎はこれを「虛無の鴉」と並べることを好んだが、寧ろ、そちらを印象付けるための「咬ませ犬」的な損な役割を本篇は背負ってしまっているような気がする。

 初出は前の「虛無の鴉」と同じで、昭和二(一九二七)年三月号『文藝春秋』。

   *

 

   我れの持たざるものは一切なり

 

我れの持たざるものは一切なり

いかんぞ窮乏を忍ばざらんや。

ひとり橋を渡るも

灼きつく如く迫り

心みな非力の怒に狂はんとす。

ああ我れの持たざるものは一切なり

いかんぞ乞食の如く羞爾として

道路に落ちたるを乞ふべけんや。

捨てよ! 捨てよ!

汝の獲たるケチくさき錢(ぜに)を握つて

勢ひ猛に走り行く自働車の後(あと)

涸れたる街樹の幹に叩きつけよ。

ああすべて卑穢(ひわい)なるもの

汝の處生する人生を抹殺せよ。

 

   *

その後、本詩集に先行する昭和四(一九二九)年十月発行の「新潮社版現代詩人全集第九卷 高村光太郞集・室生犀星集・萩原朔太郞集」に載せた際にも初出とは変異がほぼなく、

   *

 

   我れの持たざるものは一切なり

 

我れの持たざるものは一切なり

いかんぞ窮乏を忍ばざらんや。

ひとり橋を渡るも

灼きつく如く迫り

心みな非力の怒に狂はんとす。

ああ我れの持たざるものは一切なり

いかんぞ乞食の如く羞爾として

道路に落ちたるを乞ふべけんや。

捨てよ! 捨てよ!

汝の獲たるケチくさき錢(ぜに)を握つて

勢ひ猛に走り行く自働車のあと

枯れたる街樹の幹に叩きつけよ。

ああすべて卑穢(ひわい)なるもの

汝の處生する人生を抹殺せよ。

 

   *

となって、本篇が決定稿となる。

 なお、ここで一言言っておくと、「新潮社版現代詩人全集第九卷 高村光太郞集・室生犀星集・萩原朔太郞集」では本篇と先の「虛無の鴉」は実は表題「鄕土望景詩」パートに繰り込まれており、そこでは十三篇が「鄕土望景詩」詩群の決定稿のようになっている。ところが、本詩集の「詩篇小解」では(例えば「廣瀨川」の後のそれを参照)、朔太郎は本「氷島」に採った「鄕土望景詩」詩篇について、『鄕土望景詩(再錄)  鄕土望景詩五篇、 中「監獄裏の林」を除き、 すべて前の詩集より再錄す。「波宜亭」「小出新道」「廣瀨川」等、 皆我が故鄕上州前橋市にあり。』と述べている。「五篇」というのは以上の四篇と「中學の校庭」である。もし、萩原朔太郎が「虛無の鴉」と本「我れの持たざるものは一切なり」を正統な「鄕土望景詩」詩篇として認識していたなら、ここは『五篇』ではなく、『七篇』でなくてはならないのである。即ち、萩原朔太郎は、「虛無の鴉」と「我れの持たざるものは一切なり」の二篇を――「鄕土望景詩」としてではなく、郷土に関わる重大な望郷詩篇或いは反望郷詩篇と理解していた――のであろうことを私は図らずもこれが証明しているように思うのである。

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