北原白秋 抒情小曲集 おもひで (初版原拠版) 水銀の玉
水銀の玉
初冬の朝間(あさま)、鏡をそつと反(かへ)して、
綠ふくその上に水銀の玉を載すれば
ちらちらとその玉のちろろめく、
指さきに觸るれば
ちらちらとちぎれて
せんなしや、ちろろめく、
捉へがたきその玉よ、小(ちい)さき水銀の玉。
わかき日の、わかき日の、ちろろめく水銀の玉。
[やぶちゃん注:「水銀」現在は有毒な水銀ではなく純銀が用いられるが、古くは錫と銅の合金を土台として、その上に純錫と水銀で映りやすくするように上塗りを施したものが普通であった。しかし、年が経つと鏡面が曇ってくるので、これを磨いて今一度、純錫と水銀を塗って修復する「鏡磨き」が冬の間に回って来たという。水銀の有毒性がよく認識されなかった頃は、或いは「鏡磨き」が水銀の一滴を鏡箱の中に修繕の印として滴らして返すようなことがあったのではなかろうかと私は夢想する。]
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