北原白秋 抒情小曲集 おもひで (初版原拠版) 螢
螢
夏の日なかのヂキタリス、
釣鐘狀(つりがねがた)に汗つけて
光るこころもいとほしや。
またその陰影にひそみゆく
螢のむしのしをらしや。
そなたの首は骨牌(トランプ)の
赤いヂヤツグの帽子かな、
光るともなきその尻は
感冒(かぜ)のここちにほの靑し、
しをれはてたる幽靈か。
ほんに内氣(うちき)な螢むし、
嗅(か)げば不思議にむしあつく、
甘い藥液(くすり)の香(か)も濕(しめ)る、
晝のつかれのしをらしや。
白い日なかのヂキタリス。
[やぶちゃん注:「ヂキタリス」ここではタイプ種であるシソ目オオバコ科ジギタリス属ジキタリス Digitalis purpurea を一応、挙げておく。ウィキの「ジキタリス」によれば、『地中海沿岸を中心に中央アジアから北アフリカ、ヨーロッパに』二十『種あまりが分布する。一・二年草、多年草のほか、低木もある。園芸用に数種が栽培されているが、一般にジギタリスとして薬用または観賞用に栽培されているのは』前掲『種である』。日本には江戸時代に既に伝来している。『学名のDigitalis(ディギターリス)はラテン語で「指」を表す digitus に由来する。これは花の形が指サックに似ているためである。数字の「桁」を意味する digit『やコンピューター用語のデジタル(ディジタル、digital)と語源は同じである』(「指で数える」の意)。『西洋では暗く寂れた場所に繁茂し不吉な植物としてのイメージがある植物とされる。いけにえの儀式が行われる夏に花を咲かせることからドルイド達に好まれると言われる。「魔女の指抜き」「血の付いた男の指」などと呼ばれていた地域もある。メーテルリンクは、「憂鬱なロケットのように空に突き出ている」と形容している』。『ジギタリスには全草に猛毒があり』、『観賞用に栽培する際には取り扱いに注意が必要である。ジギタリス中毒とも呼ばれる副作用として、不整脈や動悸などの循環器症状、嘔気・嘔吐などの消化器症状、頭痛・眩暈などの神経症状、視野が黄色く映る症状(黄視症)などがある』。『ジギタリスの葉を温風乾燥したものを原料としてジギトキシン、ジゴキシン、ラナトシドCなどの強心配糖体を抽出していたが、今日では化学的に合成される。古代から切り傷や打ち身に対して薬として使われていた』。一七七六年に『英国のウィリアム・ウィザリングが強心剤としての薬効を発表』『して以来、うっ血性心不全の特効薬としても使用されている。以前は日本薬局方に』上記タイプ種を『基原とする生薬が「ジギタリス」「ジギタリス末」として医薬品各条に収載されていたが』二〇〇五年一月に『ともに削除された』。『ゴッホが「ひまわり (絵画)」などで鮮やかな黄色を表現したのは、ジギタリス薬剤の服用による副作用だったのではないかという説もある』。『晩年の作品「医師ガシェの肖像」にはジギタリスが描かれている』。『花の形がユニークで美しいので、花壇用に栽培されている』。五月から六月に『播くと、ほぼ一年後に開花する。タネはかなり細かいので、浅い鉢に播き、受け皿で吸水させて発芽させる。水はけのよい土地を好むが、高温多湿にやや弱く、日本の暖地では栽培しにくい』とある。私が「一応」と書いたのは、この最後の記載で、柳川や熊本などでは本種を栽培するのは難しいのではないかと考えたからである。螢が飛来する以上は温室や管理された家屋内ではおかしいからである。白秋は毒薬となる「ジキタリス」をここに幻想として持ち込んだに過ぎず、実際に見ているのは、花の形が袋状ということでやや似ているキキョウ目キキョウ科ホタルブクロ属ホタルブクロ Campanula Campanula ではないかと疑っているのである。
「ヂヤツグ」トランプの十一の「ジャック」(英語:Jack)。意味は「従者」(原義は「男・少年」)であるが、モデルは多くの説があり、神話上の英雄・勇士や騎士とされる。]
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