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2020/06/04

石川啄木 詩集「あこがれ」(初版準拠版) 落櫛

 

   落  櫛

 

磯回(いそは)の夕(ゆふ)のさまよひに

砂に落ちたる牡蠣(かき)の殼(から)

拾(ひろ)うて聞けば、紅(くれなゐ)の

帆かけていにし曾保船(そぼふね)の

ふるき便(たより)もこもるとふ

靑潮(あをうみ)遠きみむなみの

海の鳴る音もひびくとか。

古城(ふるき)の庭に松笠(まつかさ)の

土をはらふて耳にせば、

もも年(とせ)過ぎしその昔(かみ)の

朱(あけ)の欄(おばしま)めぐらせる

殿の夜深き御簾(みす)の中、

千鳥(ちどり)縫(ぬ)ひたる匂ひ衣(ぎぬ)

行燈(あんどう)の灯(ひ)にうちかけて、

胸の秘戀(ひめごひ)泣く姬が

七尺(しちしやく)落つる秋髮(あきがみ)の

慄(ふる)ひを吹きし松の風

かすけき聲にわたるとか。

ああさは君が玉の胸、

靑潮(あをじほ)遠き南(みむなみ)の

海にもあらず、ももとせの

古き夢にもあらなくに、

などかは、高き彼岸(かのきし)の

うかがひ難き園の如、

消息(せうそこ)もなきふた年(とせ)を

靄のかなたに秘めたるや。

君夕每にさまよへる

ここの櫻の下蔭に、

今宵おぼろ夜十六夜(いざよひ)の

月にひかれて來て見れば、

なよびやかなる弱肩(よわがた)に

こぼれて匂ひ添へにけむ

落葩(おちはなびら)よ、地に布(し)きて、

夢の如くもほの白き

中にかがやく波の形(かた)、──

黃金の蒔繪(まきゑ)あざやかに

ああこれ君が落櫛(おちぐし)よ。

わななきごころ目を瞑(と)ぢて、

ひろうて耳にあてぬれど、

君が海なる花潮(はなじほ)の

響きもきかず、黑髮の

見せぬゆらぎに秘め玉ふ

み心さへもえも知れね。

まどひて胸にかき抱き

泣けば、百(もゝ)の齒(は)皆生(い)きて、

何をうらみの蛇(くちなは)や、

ああふたとせのわびしらに

なさけの火盞(ほざら)もえもえて

瘦(や)せにし胸を捲(ま)きしむる、

           (乙巳二月十八日夜)

 

[やぶちゃん注:最終行の読点による終了はママ。後掲する通り、初出はちゃんと句点で終わっている。

「磯回(いそは)」はママ。この「回」は「曲」との書き、海岸の曲がりくねった場所を指す。しかし、その場合は「いそわ」で歴史的仮名遣でも「わ」でなくてはおかしい。初出では正しくルビで「いそは」となっている。

「拾(ひろ)う」はママ。

「曾保船(そぼふね)」一般には赭船(そほぶね(そおぶね))と前は清音で読む。丹(に:赭(あかつち)・赤土)で赤く塗ってある船を指す万葉以来の古語である。初出では正しくルビで「そほぶね」となっている。

「こもるとふ」はママ。初出は「こもるてふ」で躓かない。ここにきて、前の「傘のぬし」といい、どうした? 啄木!?!

「靑潮(あをうみ)遠きみむなみの」の「靑潮(あをうみ)」の読みはママ。初出では「靑潮(あをじほ)」となっている。ここは確信犯の変更の可能性もあるが、後で「靑潮(あをじほ)遠き南(みむなみ)の」というほぼリフレインを用いる以上、この改変はやはり不審である。

「殿の夜深き御簾(みす)の中、」の「殿」は初出では「との」と訓じてある。

「百(もゝ)の齒(は)皆生(い)きて」「まどひて胸にかき抱」いているのは「櫛」であるから、その「齒」が柔肌に噛みつくのである。「皆生きて」というところが、この一篇の眼目であって、まことに鮮烈極まりない。

 初出は『明星』明治三八(一九〇五)年三月号で総表題「彌生ごころ」で、本詩篇「おち櫛」(表記はママ)と以下に続く「泉」・「靑鷺」・「小田屋守(をだやもり)」・「凌霄花(のうぜんかづら)」の四篇の計五篇を載せる。初出形原本を「国文学研究資料館 電子資料館」の「近代書誌・近代画像データベース」のこちらで読むことが出来るが、以上の通り、表記ミスが余りにむご過ぎるので初出を示しておく。読みは一部に留めた。

   *

 

   おち櫛

 

磯回(いそわ)の夕のさまよひに、

砂に落ちたる牡蠣の殼

拾ふて聞けば、くれなゐの

帆かけて徃(い)にし曾保船(そほぶね)の

ふるき便りもこもるてふ

靑潮(あをじほ)遠きみんなみの

海の鳴る音(ね)もひびくとか。

古城(ふるき)の庭に松笠の

土をはらふて耳にせば、

もも年過ぎしその昔(かみ)の

朱(あけ)の欄(おばしま)めぐらせる

殿(との)の夜ふかき簾(みす)の中、

千鳥縫ひたる匂ひ衣(ぎぬ)

行燈(あんどう)の灯(ひ)にうちかけて、

胸の秘戀(ひめごひ)泣く姬が

七尺(しちしやく)落つる秋髮(あきがみ)の

慄(ふる)ひを吹きし松の風

幽(かす)けき聲にわたるとか。

ああさは君が玉の胸、

靑潮遠きみんなみの

海にもあらず、ももとせの

古き夢にもあらなくに、

などかは、高き彼岸(かのきし)の

うかがひ難き園(その)の如、

消息(せうそこ)もなきふた年を

靄のかなたに秘めたるや。

君夕每(ゆふごと)にさまよへる

ここの櫻の下かげに、

今宵朧夜十六夜(いざよひ)の

月にひかれて來て見れば、

なよびやかなる弱肩(よわがた)に

こぼれて匂ひ添へにけむ

落葩(おちはなびら)よ、地に布(し)きて、

夢の如くも仄白(ほのじろ)き

中にかがやく波の形(かた)、──

黃金(こがね)の蒔繪あざやかに

ああこれ君が落櫛(おちぐし)よ。

わななきごころ目(め)を瞑(と)ぢて、

ひろうて耳にあてぬれど、

君が海なる花潮(はなじほ)の

響きも聞かず、黑髮の

見せぬゆらぎに秘め給ふ

み心さへもえも知れね。

まどひて胸にかき抱き

泣けば、百(もゝ)の齒皆生きて、

何をうらみの蛇(くちなは)や、

ああ二とせのわびしらに

なさけの火盞(ほざら)燃え燃えて

瘦せにし胸を捲きしむる。

 

   *]

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