北原白秋 抒情小曲集 おもひで (初版原拠版) アラビアンナイト物語
アラビアンナイト物語
鳴いそな鳴いそ春の鳥。
菱(ひし)の咲く夏のはじめの水路(すゐろ)から
銀が、みどりが…………顫へ來て、
本の活字(くわつじ)に目が泌みる。
鳴いそな鳴いそ春の鳥。
赤い表紙の手ざはりが
狂氣(きやうき)するほどなつかしく、
けふも寢てゆく舟の上。
鳴いそな鳴いそ春の鳥。
葡萄色した酒ぶくろ、
干しにゆく日の午後(ひるすぎ)に
しんみりと鳴る、櫓の音が………
鳴いそな鳴いそ春の鳥。
ネルのにほひか、酒の香か、
舟はゆくゆく、TONKA JOHN.
魔法つかひが金の夢。
註 酒を搾り了れるあとの濕りたる酒の袋を
干しにとて、日ごとにわが家の小舟は街
の水路を上りて柳河の公園の芝生へとゆ
く。わが幼時の空想はまたこの小舟の上
にて思ふさまその可憐なる翅をばかいひ
ろげたり。
[やぶちゃん注:註は底本では四行書きであるが、ブラウザの不具合を考え、六行に分かった。]
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