北原白秋 抒情小曲集 おもひで (初版原拠版) 源平將棊
源平將棊
春の夜の源平將棋、
あはれなほ思ひぞ出づる。
ただ一夜(ひとよ)あてにをさなく
ほのかにも見てしばかりに。
その君はわれとおなじく
かぶろ髮、ゆめの眸(まみ)して
紅(くれなゐ)の玉をとらしき。
われは白、かくて對(むか)ひぬ。
春の夜の源平將棋、
そののちは露だにあはず、
名も知らず、われも長じて
二十歲(はたとせ)の春にあへれど。
などかまた忘れはつべき。
紅のとらす玉ゆゑ、
いとけなく勝たせまつりし
そのかみの春の夜のゆめ。
[やぶちゃん注:「源平將棊」「げんぺいしやうぎ」であるが、これはどうみても普通の将棋のことではない。普通の将棋の駒で特に駒の裏を朱で書いたものを「源平駒」と呼ぶそうである(「将棋駒の制作販売店 天童佐藤敬商店」公式サイト内の「将棋駒の知識」に拠る)が、ここでは「紅」と「白」の「玉」とあるからには、もう、西洋のボード・ゲームの「チェッカー」(checkers:英語圏では「ドラフツ」(draughts)の名で呼ばれ、日本語ではチェッカーを「西洋碁」とも呼ぶ)である。イギリス式チェッカーは白と赤の丸い(玉)駒を使用する。
「紅の玉をとらしき」「紅のとらす玉ゆゑ、」/「いとけなく勝たせまつりしに」言わずもがな、「先手」を言っている。黒うさぎ氏のブログ「ボードゲーム教室」の「チェッカー・手番と駒」には、『チェッカーでは先手が暗色の駒を』『後手が明色の駒を受け持つ事が決められている』とし、チェッカーには黒駒もあるが、『「赤」と「白」の場合は』『「赤」が暗色』『「白」が明色で』あるとあるから、「いとけなく勝たせまつりし」は納得出来る。この手のボード・ゲームでは概ね先手必勝であるが、特にチェッカーではその傾向は甚だ高いからである。私は将棋の金・銀の駒の動かし方も知らぬ、ゲームの暗愚だが、特異的にチェスとチェッカーだけはよく知っている。]
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