北原白秋 抒情小曲集 おもひで (初版原拠版) 感覺
感覺
わが身は感覺のシンフオニー、
眼は喇叭、
耳は鐘、
唇は笛、
鼻は胡弓。
その病める頰を投げいだせ、
たんぽぽの光りゆく草生(くさぶ)に
肌(はだへ)はゆるき三味線の
三の絲の手ざはり。
見よ、少年の秘密は
玉蟲のごとく、
赤と靑との甲斐絹(かゐき)のごとく、
滑りかがやく官能のうらおもて。
その感覺を投げいだせ――
黑猫は眼を据ゑてたぶらかし、
酸漿(ほほづき)は眞摯(まじめ)に孕(はら)み、
綠いろの太陽は酒倉に照る。
全神經を投げいだせ、
紫の金の蜥蜴(とかげ)のかなしみは
素肌をつけてはしりゆく、
いら草の葉に、韮(にら)の葉に。
げに、幻想のしたたりの
恐れと、をののきと、啜泣き、
匿(かく)しきれざる性のはづみを彈ねかへせ、
美くしきわが夢の、笛の喇叭の春の曲。
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