石川啄木 詩集「あこがれ」(初版準拠版) うばらの冠
うばらの冠
銀燭(ぎんしよく)まばゆく、葡萄の酒は薰(くん)じ、
玉裝花袖(ぎよくさうくわしう)の人皆醉(ゑ)ひにけらし。
ふけ行く夜をも忘(ぼう)じて、盃(はい)をあぐる
こやこれ歡樂つきせぬ夏の宴(うたげ)。
人皆黃金のかがやく冠(かむり)つけて、
天下(てんが)の富(とみ)をば、華榮(はえ)をばあつめぬるに、
ああ見よ、靑磁(せいじ)の花瓶(はながめ)、百合の花の
萎(しを)れて火影(ほかげ)にうつむく、何の姿。
願(ねが)ふは大臣(おとゞ)よ、野に吹く淸き花は
ただ野の茨(うばら)の葉蔭に捨てて置けよ。
野生(のおひ)の裸々(らゝ)なる美(うつく)し花の矜(ほこ)り、
そは君、この夜の宴(うたげ)にあづかるべく
あまりに貧(まづ)しく、小(ちひ)さし。許せ君よ、
淸きにふさふはうばらの冠(かむり)のみぞ。
(甲辰十二月十日)
[やぶちゃん注:「ふさふ」「相應(ふさ)ふ」で「つりあう・相応する・調和する」の意のハ行四段活用の自動詞。
初出は明治三八(一九〇六)年二月号『白百合』。表題が「いばらの冠」となっている以外は有意な異同を認めない。]
« 石川啄木 詩集「あこがれ」(初版準拠版) 夢の宴 | トップページ | 石川啄木 詩集「あこがれ」(初版準拠版) 心の聲 (全七章) »