北原白秋 抒情小曲集 おもひで (初版原拠版) 人生
人生
野の皐月(さつき)、空ものどかに、
白き雲ゆるかにわたり、
畑にはからし花咲き、
雲雀また妙(たへ)にうかびぬ。
南向く白き酒倉、
そがもとにわれはその日も、
幟(のぼり)立つ野の末ながめ
ゆめのごとむきし佛手柑(ぶつしゆかん)。
かすかにも囃子(はやし)はきこえ、
笛まじり風もにほへど、
父のまたゆるしたまはぬ
歌舞伎見(かぶきみ)をなにとかすべき。
かくてまたすすり泣きつつ、
實をひとり吸ひもてゆけば
酸(す)ゆかりき。あはれ、それより
われ世をば厭ひそめにき。
[やぶちゃん注:「佛手柑」序「わが生ひたち」の「6」で既出既注。
「父のまたゆるしたまはぬ」「歌舞伎見をなにとかすべき」先行する「胡瓜」を参照。]
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