北原白秋 抒情小曲集 おもひで (初版原拠版) 水路
水路
ほうつほうつと螢が飛ぶ………
しとやかな柳河の水路(すゐろ)を、
定紋(ぢやうもん)つけた古い提灯が、ぼんやりと、
その舟の芝居もどりの家族(かぞく)を眠らす。
ほうつほうつと螢が飛ぶ…………
あるかない月の夜に鳴く蟲のこゑ、
向ひあつた白壁の薄あかりに、
何かしら燐のやうなおそれがむせぶ。
ほうつほうつと螢が飛ぶ…………
草のにほひする低い土橋(どばし)を、
いくつか棹をかがめて通りすぎ、
ひそひそと話してる町の方へ。
ほうつほうつと螢が飛ぶ……………
とある家のひたひたと光る汲水場(クミヅ)に
ほんのり立つた女の素肌
何を見てゐるのか、ふけた夜のこころに。
[やぶちゃん注:第一連のリーダが九点で、第二と第三連のそれが十二点、第四連が十五点であるのはママ。
「水路(すゐろ)」読みはママ。当時は「水」の音「スイ」の歴史的仮名遣は「スヰ」と考えられていたので誤りではない。現在は中国の中古の音韻研究が進んだ結果、歴史的仮名遣でも「スイ」のままであることが確定されている。
「土橋」一般には木の橋の一種で橋の上面に土をかけて均(なら)した橋を指す。丸太を隙間なく並べて橋の上面を作った場合、渡る上面(橋面)が凹凸になって、そのままでは歩き難いから、そこに土をかけて踏み固め、凹んだ部分に土を詰めて平らにしたものを言う。江戸時代まで本邦で架橋されたものの圧倒的多数は土橋であった。]
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