北原白秋 抒情小曲集 おもひで (初版原拠版) 午後
午後
わが友よ、
けふもまた骨牌(トランプ)の遊びにや耽らまし、
かの轉(ころ)がされし酒桶(さかをけ)のなかに入りて、
風味(ふうみ)よき日光を浴(あ)び、
絕えず白きザボンの花のちるをながめ、
肌さはりよきかの酒の木香(きが)のなかに日くるるまで、
わが友よ、
けふもまた舶來のリイダアをわれらひらき、
珍らしき節つけて『鵞鳥はガツグガツグ』とぞ、そぞろにも讀み入りてまし。
[やぶちゃん注:「リイダア」reader。ここは恐らく幼児用の絵入り初級英語読本であろう。
「鵞鳥はガツグガツグ」古からある英語の童謡で知られた数え歌の“Five Little Ducks”があり、その一節に“Mother duck said, "quack quack quack quack,"”と出る。「q」音は発音し難く、また、児童には「g」にも見違える。音写の「クワック」は「ガツグ」に近い。無論、「duck」はアヒルで、ガチョウと同じ目的でガンカモ科マガモ Anas platyrhynchos を家禽化した全くの別種ではあるが、小児には区別はつかないことが多いから、この注は必ずしも無効ではあるまい。拘るなら、“Goose crow gabble-gabble”だが、この英語のオノマトペイアは逆に頭音「ガ」は一見一致して見えても(但し音写は「ギャブル」に近い)、「ツグ」とは到底読めない。]
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