甲子夜話卷之六 16 富小路貞直卿、千蔭と贈答の事
6-16 富小路貞直卿、千蔭と贈答の事
堂上と地下の贈答に、見るべきほどの歌は多く聞ず。十年前にも有しや、富小路三位貞直卿より、加藤千蔭へ給はりし消息の裏に、
陰あふぐ心のはてはなきぞとほ
くまなくみらむ武藏のゝ月
とありし時、千蔭の返しに、
むさし野ゝを草が上も雲井より
もらさぬ月の影あふぐ哉
これ等は京紳にも恥ざる咏なるべし【二條、林氏の册、抄錄】。
■やぶちゃんの呟き
「富小路貞直」宝暦一一(一七六二)年~天保八(一八三七)年)は江戸後期の公卿・歌人。伏原宣条(ふしはらのぶえだ)の子で富小路良直の養子。加藤千蔭(ちかげ)に和歌の添削を受け、本居宣長とも親交があった。正三位・治部卿(じぶきょう)。号は如泥。
「千蔭」「加藤千蔭」(享保二〇(一七三五)年~文化五(一八〇八)年)江戸中・後期の江戸生まれの歌人で国学者。幕臣で歌人の加藤枝直(えなお:本姓は橘)の三男。賀茂真淵に入門した。歌風は平明優雅で、村田春海(はるみ)とともに「江戸派」を代表した。書は「千蔭流」と呼ばれ、画や狂歌も巧みであった。著作に「万葉集略解(りゃくげ)」、家集に「うけらが花」などがある。
「二條」これは前の「6-15 儒者の歌」と本条の意であろうか。
「林氏」お馴染みの静山の友人の儒者で、林家第八代の林述斎であろう。